「鎌倉恋便り」



もとは玉縄城内にあった 「 円 光 寺 」(第112回)



大船駅の観音様側(西口)に降りて歩けば約15分。植木のバス停のほど近くに「真言宗城護山圓光寺」という石柱が階段の下右手に立っています。

城護山明王院円光寺(えんこうじ)と号するように、元々は初代玉縄城主だった北条氏時が僧・澄範(ちょうはん)を招いて城内に創建した寺でした。
城中や城下の平安を祈る祈願所として重んじられていましたが、1619(元和5)年、玉縄城が廃城となってから現在の場所に移されたのだそうです。

玉縄城跡の南には、今も“円光寺曲輪”という地名が残されています。

 




写   真       解    説      
円光寺階段と石柱

植木という地名は、玉縄城の防衛の為に多くの木を植えたことに由来するといわれています。
また、玉縄城主がこの付近で樹木を繁茂させたことからこの地名になったとも伝えられています。
円光寺本堂

本堂には扁額がかかり、本尊の不動明王像のほか、月光菩薩、弁財天、弘法大師、阿弥陀如来、また北条氏時がつくらせたという毘沙門天像などが祀られています。
左手は本堂につながる庫裡で、右手には薬師堂があります。

この薬師堂は1978(昭和53)年に改築されたもので、行基作と伝えられる薬師如来像のほか、十二神将像が祀られています。

平素は非公開で、60年に一度開帳されます。



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