「鎌倉恋便り」



関東最古の法華三昧堂 「 長 勝 寺 」 Part 1 (第58回)



安国論寺からさらに西南へ進み国道の名越通りに出て、逗子方面にむかい 名越の踏切を横切ると、長勝寺(ちょうしょうじ)があります。
ここも日蓮松葉ガ谷法難の跡と伝えられ、また、日蓮にかかわりのある本圀寺(ほんこくじ:本国寺)の旧地だそうです。

この地方の領主・石井長勝が日蓮に帰依し、1263(弘長3)年、伊豆伊東の流罪から戻ってきた日蓮の為に、自分の邸宅に小庵を建て日蓮に寄進したのが本圀寺であるといわれています。その後、本圀寺が室町初期に京都に移築して廃寺になっていたのを日清が復興し、山号と寺号を開基の石井長勝の名にちなんで石井長勝寺とつけたと伝えられています。

三門をくぐると、法華三昧堂ともいわれる室町期の唐様建築の祖師堂(県重文)があり、日蓮上人像や大壇・鰐口(両県重文)・懸盤などが安置されています。境内の正面には新しい帝釈堂、その前には高村光雲作の日蓮上人像が四天王とともに立つ。

2月11日に行われる大國祷会(だいこくとうえ:大荒行僧成満祭)は、千葉県市川市の法華経寺で100日の荒行を終えた修行僧が厳寒の中、仕上げの水行をする壮絶な儀式です。信者が9時頃にJR鎌倉駅まで僧を迎えにに行き、11時頃から冷水を頭からかぶる行を開始。行ののちには稚児行列や法話が行われます。

また墓地には若くして没した俳優・赤木圭一郎の碑もあります。



Part 1, Part 2 と続けてご覧下さい。
                 

 




写   真       解    説      
長勝寺三門

総門を入ると右側に三門があります。
鎌倉もこのあたりまでくると、さすがに歩いてくる観光客は少なくなります。三門前には数台の駐車場が用意されています。

帝釈堂の新築工事のさい行われた発掘調査によると、長勝寺の一帯は小町屋といわれた露店のような商店が並んでいたところらしく、鎌倉の東はずれの町としてにぎわいをみせていたと推測されています。
左側、墓地の向こうに法華三昧堂の屋根が見えています。
帝釈堂と高村光雲作・日蓮像

三門を入ると並木の参道があり、その先に開放的な雰囲気の境内が広がります。

境内の正面には新しい建物の帝釈堂があって帝釈天が祀られています。これは日蓮の松葉ガ谷法難のとき帝釈天の使いである白猿に日蓮が救われたということから、帝釈天出現の霊場として安置されることになったといいます。

写真は帝釈堂の前に立つ、四天王を従えた高さ4mの「鎌倉辻説法日蓮大聖人銅像」。
この銅像は高村光雲作で東京の洗足池から裏山に移築されていたものを近年現在の場所に移したものです。
法華三昧堂

三門から入って左側、境内の一番高いところに建つ法華三昧堂(県重文)は、五間堂という鎌倉時代独特の建築様式の建物で、春はここの回廊から境内の桜が最高のアングルで見下ろせます。

かたわらにはタイ国渡来の金色釋尊を祀る八角堂が建ちます。(写真後方)

法華三昧堂の裏手は斜面にそってずっと上まで墓地がひらけていて、そこに赤木圭一郎の碑があります。





 「 長 勝 寺 Part 2 」