「鎌倉恋便り」



北条政子ゆかりの寺 「安 養 院」(第3回−1)



「安養院」(あんよういん)は1225年(嘉禄元年)、北条政子が夫、源頼朝を弔うために建立した長楽寺が前身のお寺です。火災と再建をくり返しながら現在地に移り寺名を政子の法名にちなんで安養院と改めました。
板東(鎌倉)三十三観音霊場の第三番札所としてもにぎわっています。

以前はここのおみくじ、お線香だったんですよ。火がついて灰になると文字で浮かび上がってくるタイプ。
でも、なぜか今は廃止してしまったみたい・・・残念!

ここには仏足石(ぶっそくせき)や鎌倉各地に点在する北条政子の墓といわれる供養塔のひとつがあります。

また、本尊の千手観音は政子が頼朝との恋の成就を祈ったみ仏。
二人が無事結ばれたことから、良縁観音と親しまれています。
                 

 




写   真       解    説      
「 安 養 院 門 」

別願寺の隣に建つ安養院。
もとは浄土宗の善導寺といいましたが、 北条政子が頼朝の菩提を弔うために建てた長楽寺が鎌倉末期に現在の場所に 移ってきたことから寺号を長楽寺、院号を安養院に改めました。

本堂には本尊の阿弥陀如来像を祭り、後ろに比企ガにあった田代観音堂の 千手観音像を迎え安置しています。
この像は田代観音とも言われています。
高さ、1.85mのこの千手観音の胎内には田代信綱の持仏の観音様が もう一体安置されているのです。
「 仏 足 石(ぶっそくせき) 」

古代印度において釈尊入滅後の無仏像時代に仏陀の象徴として礼拝されたものです。

サンヂー第一塔(紀元前1世紀)北門の仏跡を原型として作られたのがこの仏足石だそうです。


難しくて書いている小生もよくわからんなぁ(笑)
「 宝 篋 印 塔 」

宝篋印塔(ほうきょういんとう)。もとは宝篋印陀羅尼経を納めた石塔です。
鎌倉では供養塔や墓塔として建てられたものが多いようです。

安養院本堂背後にある伝尊観墓(写真手前)は、3m以上もある巨大なもので 鎌倉に現存する最古の宝篋印塔といわれています。
「1808年(徳治三年)」。その横には政子の墓といわれる 小さな宝篋印塔(写真奥)もあります。 でも、政子の墓といわれているのは他所にもあるんだよね。



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