「鎌倉恋便り」

今 回 の 鎌 倉



今回は、鎌倉の梵鐘に焦点をしぼってお寺をたどってみましょう。

鎌倉散歩 file no.7 「 鎌倉の名鐘を訪ねる 」


散歩コース
JR北鎌倉駅 出発
円覚寺    (えんがくじ)
東慶寺    (とうけいじ)
浄智寺    (じょうちじ)
建長寺    (けんちょうじ)
鶴岡八幡宮 内 鎌倉国宝館    (かまくらこくほうかん)
江ノ電・鎌倉駅 乗車
江ノ電・長谷駅 下車
長谷寺    (はせでら)
  4時間コース


梵鐘は、音色が生命です。ここでご紹介する鐘は、訪問した方が自由につける鐘ではありませんが、由緒あり、作風が優れて美しい名鐘は、見るだけでも造形美を充分に楽しませてくれると思います。
参考地図: 「鎌倉恋便り」探索マップ  >  “北鎌倉地区” 及び “長谷・極楽寺地区” 参照


鎌倉には名鐘といわれるものが多いようです。
その大部分を鋳造した鋳物師物部(いもじもののべ)氏の技術・芸術性の高さによるものです。
物部氏は、建長寺の鐘を造った重光(しげみつ)以来約120年間、鎌倉を中心とした地域で活動し、鎌倉文化の衰退とともに姿を消しました。

JR北鎌倉駅前の円覚寺の仏殿右手にある鐘は「正安三(1301)年」の銘をもち、北条貞時が物部国光(くにみつ)に鋳造させたものです。総高259.5cmにおよぶ鎌倉でも最も大きな梵鐘であるとともに、撞座(つきざ)の蓮華文や上帯・下帯の飛雲文・唐草文の美しさなど、作風の優秀さは建長寺と並ぶ逸品です。
かたわらの弁天堂には、この梵鐘鋳造に江ノ島弁財天の加護があったという伝説があります。

バス通りを鎌倉駅方面に向かうと、右手に東慶寺があります。
この鐘は「観応元(1350)年」の銘があり、鎌倉市材木座の補陀洛寺の鐘として鋳られたものです。
総高143cmとやや小振りで、上帯の飛雲文、下帯の蓮華唐草文の形式化が強く、時代の特徴をよく示しています。(物部光連作品)
本来の東慶寺の鐘は「元徳四(1332)年」の銘をもち、静岡県韮山町の本立寺に現存しています。

バス通りをさらに鎌倉方向に進み、踏切の手前で右折すると浄智寺があり、総門の奥に2階に鐘楼をもつ珍しい三門があります。
ここの鐘は1340(暦応3)年に豊州(福岡県)京都郡堅島村浄土院の鐘として鋳られたものです。総高77.7cm、上帯・下帯に文様がないのはこの頃の地方の作としては一般的で、竜頭は小さく繊細です。

通りに戻り、さらに鎌倉駅方面に向かうと、左手に建長寺があります。
「建長七(1255)年」銘の梵鐘は、開基の北条時頼を大檀那とし、開山の蘭溪道隆(らんけいどうりゅう)が撰文し、物部重光が鋳造した名鐘です。総高208.8cmで、全体的に平安時代の形式を受けた復古的な作風です。
勢いのある竜頭、高い位置にある撞座とその立体感に富む蓮華文、躍動感のある上帯・下帯の飛雲文・唐草文、銘文文字の美しさなど、名鐘の名にふさわしい作品です。

さらに鎌倉方面へ向かいましょう。坂を越えると左手に鶴岡八幡宮があり、境内の鎌倉国宝館に鎌倉市大船の常楽寺の鐘が出陳されています。これは市内最古の鐘で「宝治二(1248)年」の銘があります。
北条泰時の追善の為に、孫の時頼が鋳造させたと考えられており、鋳物師の名はわかっていません。
総高131.2cm、全体的に細身で上帯・下帯の文様は生き生きとして美しいものです。竜頭は後補とのこと。

鎌倉駅から江ノ電に乗り、長谷駅で下車して北へ向かうと左手に長谷寺があります。
「文永元(1264)年」銘の鐘は物部李重の作品で、総高167.6cm、全体に鋳型の型割れの跡がみられ、欠失した部分もありますが、全体の姿形は優れています。当寺で、最も古い年記をもつ資料とされています。

今回はこれで終了です。江ノ電で藤沢に出るか、鎌倉へ戻るか…鐘だけの見学なら、探訪はかなり早い終了です。




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