ここは、日本刀の刀装具を紹介するホームページです。

日本刀における刀装具とは、鍔(ツバ)目貫(メヌキ)縁頭(フチガシラ)
小柄(コヅカ)笄(コウガイ)を指す言葉です。
単なる武器の付属品としてだけではなく、それを美術、芸術
にまで高めたこれら金具を紹介し、それにまつわる、故事、
物語、表現技法等を説明していきます。
尚このホームページは、葛竝タ長州屋の御協力を得て開設されました。


初音 はつね


 新年初めての子(ネ)の日を初子(ハツネ)の日という。この日に山頂より四方を望み陰陽の静気を得て、煩 悩を除くという故事により、古来貴族社会では野外において若松を曵き、あるいは若松をつんで粥とし て食すなど、野辺にて宴を催すことが初子の行事で、いずれも長寿を願い邪気を払う為の自然との対話 とも言うべき、平安王朝ならではの、優雅な野遊びであった。 この鍔は源氏物語の光源氏が構想した理想郷六条院四季邸(ロクジョウインシキマチ)が落成した 翌年の元旦と初子が重なった日に行われた初子の行事を題に採った作。光源氏とは政敵に当る頭中将( トウノチュウジョウ)の娘、玉鬘(タマカズラ)が、若松を曵く従者を見守っている姿を描写している。



須佐之男命 すさのおのみこと


 日本人であれば誰でも知っている、神々の時代の悪の象徴八俣大蛇(ヤマタノオロチ)を打ち倒し、 黄泉国(ヨミノクニ 死の国)、根の国(日の入る国)、高天原(神の国)と全世界を活躍舞台とし、 櫛稲田媛(クシイナダヒメ)と呼ばれる農耕神を得た英雄が、須佐之男命である。この鍔は、暗黒の 世界で今まさに八俣大蛇と対峙する須佐之男命の姿を、感動ある様子で描き表したものである。



敦盛最期 あつもりさいご


一の谷の戦いの勝敗は、源氏の奇襲戦法により明らかであた。船上へと敗走する平氏、それを追う源氏 勢は次第に浜辺に集結しつつあり、武功を得んがために焦る武将が徘徊している。その中でいち早く駆 けつけたのが源氏の強者、熊谷次郎直実。直実は、逃げ遅れたのであろうか沖合いの船に向かって馬を 急がせる一騎の武者を見つけた。功にはやる直実は扇を翳して「戻りたまえ、卑怯にも敵に背を向ける とは平氏の大将たらんこと、いざ勝負なされよ」と呼びかけた。すると、鎧姿の武者はためらいをみせ ながらも手綱を返して波打ち際へと戻る。馬を捨てた二者は激しく組み討ち、戦った。だが直実は歴戦 の剛の者。平氏の武者を組み敷いた直実が、その首を掻こうと剥ぎ取った兜の中からあらわれ出でたの は、まだ年端も行かない幼顔。我が子小次郎と同じ年頃であろうか、複雑な思いが過った直実は逃がし てやりたいと思った。しかし若者は死を覚悟した様子で、しかも味方の軍兵は視界に入る辺りまでちか づいる。もはや逃げ切れまい、そして彼らはこの首に群がるであろう。直実は涙しながら、手にしてい る短刀に力を込めたのであた。この若武者が腰間に収めていた雅な笛から平敦盛であったことを知った 直実は、後に武士の身に疑問を感じて出家し、この戦いで亡くなった武人の霊を弔う旅に出たといわれ る。この鍔は、直実か沖の敦盛を呼び返す、有名な一場面を描いた作である。



機織姫 はたおりひめ


古代、中国のある村に織姫の娘が住んでおり、また、この村の端を流れる河を挟んだ地には、牛飼いを 生業とする青年が住んでいた。ところがこの二人の若者は、一向に働く意欲を見せず、これを見た天上 の神様は働く意欲を高めようと考え、二人を出会わせ、恋する喜びを与え、働く糧にさせようと試みた のでした。だが意に反して二人は享楽に溺れ、以前にも増して自堕落な生活を送るようになり、それを 知った神様は怒って、二人を引き離してしまいまったのである。河をはさんだ二人は声をかけ合おうに もとどかず、涙を流して悔み、再会を願うのであったが許されるはずもなく、神は、ただ毎年七月七日 のみの逢瀬の機会を与え、機織と牛飼いの業を怠らぬよう強く戒めたのであった。 天上に銀河が横たわり夏の二星である琴座のヴェガと鷲座のアルタイルが輝く頃とは、最も桑の成長の早い頃 でありこの桑を餌とする蚕の生育期であるところから養蚕の季節を知る手がかりとして、この星が指標 とされ、これを年に一度の逢瀬という伝説になぞらえ、物語化されたのである。天上世界にいる織女を 表した作である。



木賊刈 とくさがり


 ここは、信濃国(シナノノクニ)の中山道沿い、小県郡(チイサガタゴオリ)小諸村(コモロムラ)。 この辺りには、木賊(トクサ)という土筆(ツクシ)や杉菜(スギナ)に似た植物で、その茎の表皮に 硝子質の微細な突起があるところから工芸品の表面研磨に用いられる植物がある。ここに木賊刈りを生 業とする一人の初老の男が住んでいた。この物語の起こりは、二十年ほど前に遡るある日の夕暮のこと、 まだ一人歩きもできぬ幼子若松(ワカマツ)を、薄暗闇の中で何者かに拐(かどわ)かされたことにあ った。母親は気のふれたように必死に探し回るが果せず、心労からか病に伏せ、そのまま帰らぬ人とな った。一人残された男は、中仙道を往来する子供連れの旅人を見かける度に我が子ではないかと声をか け、この地を訪れる木賊の商人にも問うてはみるのだが、その行方は杳(ヨウ)として判らない。 いく度か、ゆきすぎて行った満月は、年を重ねようとも同じ姿をみせている。もし若松が生きていれ ば、どこかでこの月が若松を見ていることであろうと、そして必ず廻り合うこともできようかと、望み を胸にして、天上高く輝く月に手を合わせ、気をとり直して仕事に精を出すという繰り返しで、二十年 が過ぎ去ったのである。そんなある日、男は夢見に吉兆を告げられ、その日は朝から何事かと心待ちに していた。そしてその日の夕暮れ時、年の頃なら二十を超えた辺りであろうか、若い僧が佇み、道に迷 ったのか行きあぐねているところに出会ったのである。男はこの姿に哀れを覚えて家に連れ帰り、粗末 ながら夜の食事を与えると、心を打ちとけた若い僧は、問われるままにぽつりぽつりと生い立ちを語り 始めたのである。だが、父母のことになると、ふっと口をつぐんで悲しそうな顔をみせる。男は夢見を 思い出し胸騒ぎがした。この若い僧こそ我が子若松ではないかと、思わず僧の腕を取り、その袖をたく しあげた。「もしや腕の内側に小痣が……」男は恐る恐る問いかける。驚いて男の前に突きだした腕に は、確かに我が子若松を証す胡桃大の赤い痣があった。男は突然の我が子との再会に打ちふるえ、「若 松……」と、声を詰らせてその名を叫ぶが、溢れ出た涙で言葉にはならず、ただ嗚咽となって喉を突く ばかりであった。この鍔は、月をながめ我が子のことを思う男の描写がなされている。



これらの鍔の写真及び、内容は葛竝タ長州屋の承諾を得てPHP研究所発行の刀剣金工図絵 「江戸幻想奇譚」(エドゲンソウキタン)深海信彦・善財一共著、定価\2000を参考としたものです。 金工作品および記載内容に関しての疑問、質問がありましたらどんどん、こちらまで、 お送り下さい。出来る限り、ホームページ上で回答していきます。
tk202079@fsinet.or.jp