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市町村合併調査特別委員会委員長 宮崎正治様
『市町村合併についての意見書』
二番 原田敬一郎
2001年2月5日
はじめに
私たち町議会議員の務めは、全ての町民への安心の提供の為に理事者と協力して、その理想実現の為に町民の代表として具体的な事業を提案・検討し、事業評価を責任をも
ってする事だと思います。
今最も大きな責任をもって判断を迫られているものの一つが市町村合併です。 しかしながら、自治省や県からの情報では愛の町にとっての合併の是非を判断するには情報不足で判断はできません。
それは合併論議が愛の町の内から出たものでは無いからです。
それは愛の町には今、合併する必要性が無いからです。
これまでの愛の町の町政運営は、恵まれた資産や資源、地理的領域の特性を活用し、生産性や収益性を上げ、自主財源を確保し、自己決定・自主責任において町民に「安心を提供」する努力を怠ってきました。
その結果、愛の町は全国どこの市町村とも同じように自治体とは名ばかりの、国や県に「おんぶにだっこ」の町民不在の将来に夢も希望もない町になってしまっています。
残念ながら今の愛の町には市町村合併という国の施策に背を向けて町政を運営していけるしっかりした思想も財政基盤もありません。
自分で考えて行動する子どもが少なくなった現在でも、たくましく目的意識を持って夢に向かって「きつい、面白くない」を喜びに変えてがんばっている子どももいます。
愛の町議会も今、「全ての町民に安心を提供する」という町政の目的を再確認して、その理想実現の為に市町村合併の是非を全力を挙げて議論・検討する方向へ軌道修正しなければなりません。
決して国や県や他町の都合や、時間が無いなどと消極的な判断をするべきではありません。
私たちは町民を代表する町議会議員として、愛の町の未来に責任を持たなければならない立場にあります。
時間がないなら夜にでも委員会を開催し、議論・検討する努力をして、委員会としての判断をまとめ、町民にきちんと伝える義務を果たすべきではないでしょうか。
私は、愛の町の町民の未来に責任を持って安心を提供してゆくには「合併はしない方が良い」と考えます。それは、日本がこれから進んでいく未来と愛の町を照らし合わせた時に、愛の町には、すばらしい発展の可能性があるからです。
今の議会での合併に関する議論には「愛の町の未来にとって合併は」という観点が欠如しています。
国や県が推進する合併なので推進の為の情報が多く、目先のことに踊らされてしまいがちなので、是非の環境で町民本意の議論をする為にも、私は反対の立場で情報バランスのとれた環境づくりにも努めます。
これからの自治体運営は住民と一体となって意識改革をしながらやっていかないと全国に置いてゆかれます。 合併の是非の判断は最終的には町民がするべきものです。
市町村合併は十分な情報提供をした上で、住民投票によって町民が判断するべきだと考えます。
以下にその根拠となる私の考えを記して意見書とします。
◎地方分権改革と市町村合併
1.地方分権改革の中の市町村合併
地方分権改革は日本国が新たな国家的役割を積極的に果たしていく為の「明治維新」「戦後改革」に次ぐ第三の大改革として位置づけられており、国策として愛の町は否応なくその流れの中に立たされていくことになります。
いきなり地方分権推進委員会の勧告文を読んだ人は 生まれた時から籠の中で育った小鳥が「籠から出して自由にしてやるから、これからは自分で餌を捕って生きていきなさい」と扉を開けられたようなものだ。
と思うでしよう。「えらいことになった」と。
一方、市町村合併は、地方分権改革の中でも、「自治体が自主責任で自己決定することだから」と優先的には取り上げられてはいません。「地方分権の推進の為に、地方自治体の自立には有効なので自立の手段として積極的に支援する」といった目的達成の為の方法論に止めています。
愛の町が受ける影響として財政面から見ても、合併の特例法では地方交付税の削減の一時猶予や合併奨励金や支援金の給付などの一時的な優遇措置程度に止まるが、地方分権改革では、財政に関わるものだけでも、『国と地方の経費負担の分割、国庫補助負担金の縮滅・削減・廃止、国庫補助金の縮滅・削減・廃止、経常的国庫負担金・建設事業国庫負担金の見直し、地方の歳出規模と地方税収入の乖離縮小、国から地方への税源の移譲、地方交付税算定方法の簡素化・透明化、地方債許可制度の廃止、地方債発行の手続きの弾力化・簡素化』などといった内容で、はるかに愛の町に与える影響は大きいのです。
愛の町としては選択の余地はなく、受け容れるしかない国家の未来をかけた大改革なのです。
愛の町の行財政のあり方や考え方が根本から変わってしまうかも知れない大改革が既に現在進行しているというのに、それを無視して市町村合併を論じていいのでしょうか。
地方分権改革の中で市町村合併を議論しないのは「木を見て森を見ない」(金子を見て森を見ない)のと同じです。
今優先して対応協議すべきは市町村合併より地方分権改革が将来の愛の町に与える影響の検討と対応準備体制づくりです。
地方分権改革が何であるかが見えてこないと市町村合併の判断も見えてはきません。
見えてもいない市町村合併を将来の見通しもなく、他力本願でやれば、後戻りできない集落排水事業と同じで、愛の町が今未来のためにやっておくべき事業ができずに、わざわざ町の発展の可能性を潰し、遅らせてしまう方に税金と勢力を投入し、最小限のコストで最大限の「安心を提供」してくれている町民に一番近い政府の実行機関である役場の機能を解体してしまうことになります。
市町村合併は地方分権改革が推進されていく中で、国や県がどうなっていくのかを観点に入れて、将来の愛の町の利益を最優先に考えて、有利になるのかという判断をしないと、「知らなかった」では議会として町民の信頼を裏切ることになります。
2.地方分権改革の必要性
中央政府が直面している多くの問題を解決するのに、現行制度では限界に達し、抜本的な改革の必要性が生じた。
明治維新、戦後の大改革、以来の中央集権の強化の為のあらゆる利権の掌握や関与のしくみが、高度経済成長期までは何とかうまくいっていたのが、先進国レベルに達したら、逆に作用し、銀行や証券・保険会社の破綻や、長引く景気の低迷や、地方公共団体の財政難を助長し、それらの改善に何ら有効な打開策も打ち出せない実体が浮き彫りにされた。
地方分権改革は、「行政改革委員会」が取り組んでいる、規制緩和、官民役割分担、情報公開、「行政改革会議」の国家機能のあり方、中央省庁再編、内閣機能の強化、などの改革と共に「因になり果となって」新しい国家観の実現の為に、国家が積極的に本来の役割を果たしていく上で、必要不可欠な、緊急に実施されるべき改革と位置づけられています。
3.地方分権改革の意味と目的
地方分権改革は、中央政府と地方政府の役割分担と責任を明確にし、国家の役割に関する基本的な考え方の転換によって「分権型社会の創造」を目指している。
地方分権改革の目的は、中央政府が旧来の「中央省庁主導の縦割り画一行政システム」ではもう身が持たず、身動きもできない事情から、利権と責任を付けて「住民に一番近い政府主導で自治していきなさい」と地方公共団体を自立の方向へ追いやり、分離することによって身軽になる為の自浄作用とも言えます。これは地方公共団体が地方自治体として、国との「上下・主従の関係」から解放され「対等・協力の関係」を手に入れたことになります。
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