| 地方分権改革、市町村合併、国営諌早湾干拓事業、農業集落排水事業について質問しました。以下質問答弁です。
○議員(2番原田敬一郎君)
2番、原田です。答弁は、2回目以降は自席で結構ですので、よろしくお願いします。
資料の確認をします。ホッチキスで綴じたものと、それと2枚もの、皆さん、あるでしょうか。
それでは始めます。
申告の順序とは多少ずれてきますけども、地方分権改革から行きます。
●地方分権改革
20世紀後半からの日本の経済発展は、工業中心で、そのためには一次産業を切り捨て、労働力を地方から都市に集中させ、日本のみならず世界の自然環境を資源として破壊・消費することで成長してきました。私たちは、今の豊かさのツケとして人口問題、食糧問題、資源・エネルギー問題、自然環境破壊を地球規模で抱えることになりました。今、人類は、崖っ縁に立っています。
今、人類の40%がバレイショさえ満足に食べられないでいます。私たちが、米やバレイショを食べ残せるようになったのは、つい最近のことだということを忘れてはなりません。
隣国の中国13億人民は資本主義を取り入れた社会主義市場経済のもと、総力を挙げて高度経済成長を目指して日夜働いています。今の中国の人民と今の日本の私たちと、21世紀にはどちらが幸せになっているでしょうか。今は、経済後進国である国々が他の先進国や日本と肩を並べるようになった時に、人類が今抱えている問題は解決の方向に向かっているでしょうか。
言いたいのは、愛の町で生産されるバレイショが、商品である前に命を支える大切な食糧であったということを思い出すように、世界の中で愛の町が果たす役割もちゃんとあったんだと思い出すように、そんな基本的な原理原則に立ち返らないと、これまでのやり方にしがみついていては、日本の小さな田舎町といえども存在していけないんだということを、国や県はもう守ってはくれないんだということを、きちんと自覚しなければならないということです。
「生産性の発展によって人類が発展する」といった楽観的な歴史観が通用しなくなるのが21世紀でもあるのです。
地方分権を論じるときに、愛の町の町民は、長崎県人であり、日本人であり、さらに地球人であるというところまで認識を広げて愛の町の未来を考えていかないと、地方分権制度は愛の町の発展の可能性にとって逆にブレーキになってしまいます。そして、その恩恵にあずかれません。
質問します。
9月の定例議会で、町長の地方分権に関する考えはお聞きしました。そこで、この地方分権制度が愛の町の未来にもたらすメリットについて考えをお聞かせください。
○町長(松浦 末利君) お答えいたしたいと思います。
愛の町の未来にもたらすメリットについてということでございますけども、昨年の7月に地方分権一括法が成立いたしまして、本年1月から地方分権がスタートいたしました。
この地方分権一括法の成立は、明治維新、昭和の戦後改革に次ぐ「第三の改革」とまで言われております。
しかし、この地方分権とはどういうことなのか、地方分権によって住民生活はどう変わっていくのかということが一般的によくわからないので、私も含めて、国民は余りまだぴんときていないというのが実情であろうかと思っております。
まだまだ、我々も勉強する余地がございますけども、地方分権制度に基づいてのメリット、私なりにあれしますと、国民の価値観の多様化による地域住民の自主的な選択により、地域の自然、歴史、文化に即した個性ある地域社会の形成をもたらさなければいけないというようなことを考えるわけでございます。
それと、今の少子高齢化時代、これに対する保健、医療、福祉、生涯学習サービスを総合的に提供する必要性が出てきております。そういう中で、地方分権による改革ていうか、そういう方面に対応しなければならないという考えでおります。
高齢者対策、そういうことも含めて、今から先の地方分権というものがどういうものであるかということも十分住民と話をしながら高齢者対策、そういうことも含めて今から先の地方分権というものがどういうものであるかということも十分、住民と話をしながら、それに沿った今から対策を立てていくべきであろうという考えでおります。
○ 原田敬一郎
本当になかなか分かりにくいんですけれども、でも、与えられたというか、それによって愛の町が得たもの、それは愛の町が県とも国とも対等になって、町長、首長の権限が大きくなって「愛の町の町民の幸せのために最善を尽くせるようになった」そういうことは言えるんではないかと思います。
地方交付税やいろいろな補助金は、国税の歳入と歳出でいうと、都市で集められた税金が地方に分配されるという制度です。終戦後、アメリカが余りにひどい日本の地方の貧困を考慮して勧告して、当時の政府に採用された制度と言われていますが、そのアメリカさえ採用していません。世界に類を見ない日本独特の税制度です。
地方交付税制度は、中央集権を強固にするに都合がよく、国はその分配権のもとに県や地方自治体を支配してきました。しかし、この制度は、都市の経済が順調に右肩上がりに成長し続けることを前提にした制度です。世界の多くの国の地方自治体は、独立採算を前提に、高い自治体同志の競争力の中で自立しています。
バブルをきっかけにした都市型経済の破綻は、そのまま地方への税金のカットとしてはね返ってきます.都市は、21世紀からは地方を支えてくれません。労働力も、都市はもう必要としなくなります。逆に地方への逆流が生じるでしょう。
私たちの愛の町は、もう帰ってくる人たちを受け入れるだけの豊かさを持ちません。とりあえず、当分、食べつないでいけるぐらいの仕事さえありません。お金をたくさんもって帰ってくる者は歓迎されるでしょうが、身内でもお金がなければ住むところにさえ不自由します。
そんなふるさとがあるでしょうか。戦後、食えない時期をしのげたのは、無条件で恵みを与えてくれた豊かな自然環境と助け合う住民の優しさがあったからです。今の愛の町はそのどちらも失いかけているのではないでしょうか。
質問します。
これから先、21世紀における都市と地方の役割は、どのように変わっていくとお考えですか。
○町長
これから先、21世紀における都市と地方の役割というのがどのように変わってゆくかということで、我々もなかなか難しい質問でございますけども、原田議員のお説のとおり、地方交付制度の中央集権を強固にした地方自治体を支配してきたかに思います。そういう点も含みながら、地方は地方としてのあり方というものを考えていくべきであろうと思っております。
財政面においても、自主財源である地方税を基本とした国からの財源の依存度合いを縮減しようとしているようでございます。
自立的に財政面もやりなさいというようなことでございますので、都市と地方というのは、やはり地方のよさというものを今から先、生かしていくのではないかと思っておりますし、都市は都市としてのあり方、地方は地方としてのあり方の役割を持っていかなければならないという気がしております。
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