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2003.2.26追加情報
愛の町議会 2002年
12月定例会 一般質問より
2003.2.26追加情報
愛の町議会 2002年
6月定例会 一般質問より
2003.2.26追加情報
愛の町議会 2002年
3月定例会 一般質問より
2002.4.13追加情報
愛の町議会 2001年
12月定例会 一般質問より
2001.10.4追加情報
愛の町議会 2001年
9月定例会 一般質問より
2001.10.4追加情報
愛の町議会 2001年
3月定例会 一般質問より
2001.3.13追加情報
ついに
『国営諫早湾干拓事業の見直しに関する決議』
案を提出
2001.2.25追加情報
愛の町市町村合併調査特別委員会
『市町村合併についての意見書』
2001.2.25追加情報
愛の町議会 2000年
12月定例議会 一般質問全文
2000.11.30追加情報
愛の町議会 2000年
9月定例会 一般質問 より
2000.1.18追加情報
愛の町議会 1999年
9月定例会 一般質問 より
2002.4.13追加情報
愛の町議会 1999年
6月定例会 一般質問 より
2001.10.4追加情報
農水大臣へのメール
2001.10.4追加情報
エピソード1
2001.10.4追加情報
過去のイベント 2000年度
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潟ガタぬかすぞ!

サポートしている身体に重度の障害を持つ友人が
福祉専攻の大学生ボランティアに
「今して欲しいことはありませんか」
と訪ねられ
「今すぐ帰ってくれ」と言っていたのを思い出します
障害を除けば自意識も向上心もある電動車いすの上の人間への気遣いとは何か
独立した民族、国家に対する人道支援とは何か
団体や組織から入っていくものではない
同じ人と人とが違いを分かち合うところから始まらないと
4月14日で諫早湾が閉め切られ
数億数兆の潮受け堤防内の生き物たちの生命を殺してしまって
7年目になります
10年前出会った龍田弁護士はその頃既に
最大の環境破壊する公共事業は戦争だ と言っていました
当時の私は諫早湾が見直されない日本の社会構造が
戦争につながるものとは理解できませんでした。
神戸の被災者やボランティア団体が直感的に諫早湾の締切に反応したのも
生命の問題としてだけでなく
救済措置として施策的な支援をする国や自治体のやり方と
かゆいところに手の届く個人の人たちとの支援の違いを
感じたからではなかったかと今思う
諫早湾の干拓は戦後すぐに計画されたので
ここには生物学、生態学などの本格的な調査がされていない
名前もつかぬ未確認の種が絶滅しただろう
潮が満つれば海底になり引けば陸となる泥の干潟
海から生物が陸に上がったのはこんな特異な海のはず
時は地方分権の時代
国はお金が無いから地域の特色を生かして活性化して自立しろという
地域の特色となる文化や生活様式や価値観は自然環境の恵みと災いから生まれた
もの
原初の自然環境を二次的、三次的な自然環境にしてしまっておきながら
JR駅前の景色と同じようにどこに地域の特色があろうか
地域の子どもや地域の年寄りは地域で面倒見てきた
戦時中は兵隊の産地として
食料の生産供給地として、電力木炭石炭などのエネルギー産地として
経済成長期は労働者の産地として
地方はこの国を支えてきた
今、労働力は余り、輸入食料でこと足りるから
地方の役割は終わったのか
一次産業は用無しになったのか
国は理解していない
地方に生きている者も人であり日本国民であることを
歴史に学ばない国である
国営諫早湾干拓事業が見直されていれば自衛隊派兵も
今回の民間人人質も無かったろう
このままでは死んだ諫早湾の生き物たちは犬死にだ
4月14日午後6時 諫早市眼鏡橋前の芝生広場集合
駐車場は隣の本明川の河川敷に
「生命にありがとう」の横断幕を持ち干潟再生の鐘を鳴らして
アーケードをロウソクを持って歩きます
シュプレヒコールはしません
各自の想いの意思表示はプラカードなり仮装や楽器などで
警察への道路使用許可は取得済み
歴史に学ばない国である
あえて拉致とは誰も言わないが
戦前戦中我が国は朝鮮半島から中国から
家族の見ている前で男達を連れ去り労働力にした
死んでも補給は大陸にどれだけでもいると
人間扱いはされなかつた
特に長崎では炭坑と三菱の軍需産業に多くの外国人が生け贄にされた
龍田弁護士と韓国に被爆者を訪ねた
昭和20年8月9日に長崎で被爆したことの証拠が必要だ
それがないと被爆者にはなれない
さらに日本に来て認定されないと被爆者手帳がもらえないので
治療も受けられない
韓国や中国に行って被爆者を捜して証拠を集めて
長崎に連れてきて治療を受けさせて帰すことを民間人が
自前の労力とお金でやっている
そのうちの何人かは顔見知りのはず
戦後処理を民間人がやってお国は戦前に突き進んでいる
※この活動は、非営利で行われています。
2003年の4月14日は、こちら…
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2004年4月18日(日)
諫早湾の締切と戦争
私に出来ることは唄うこと
高校で一緒に唄っていたあべあきらが唄いに来てくれて
私なりの抗議のコンサートをやります
自然環境保護とか戦争反対とかどこにも出てこないかもしれない
人が集い唄い笑い酒を飲む食べる 私たちは十分幸せです
収益金は韓国中国の被爆者を支援しているボランテイアグループに
カンパします
これはあべあきらの旅費などに当てられるはずでしたが
本人への了解無しにそうします
会場/アクア 2F
(TEL0957-22-5519)
(島原鉄道本諌早駅前)
※この活動は、非営利で行われています。
問い合わせ/
090-8224-1376(原田)
0957-36-0237(高山)
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1997年4月14日、293枚の
ギロチンによって
諫早湾 が 閉め切られた
ムツゴロウ裁判
【諫早湾自然の権利訴訟】
やっています >>クリック!
女性の参政権のように
自然にも生きる権利を
諌早はまだ終わってはいない
※この活動は、非営利で行われています。
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