とりとめのない“ジェニュイン回顧録”です
お時間のない方にはおすすめできません (^^ゞ

ジェニュインとの出逢いは、初めて手にした競馬新聞でした。
明日は秋の天皇賞、という日。
馬柱の見方なんてわからないので
勝負服の好みで買う馬を決めようと思っていたら
一頭の馬名に目が釘付けになりました。
『ジェニュイン』
「あの馬、二着だったよ!もうちょっとだったんだけどな〜〜」
翌日、興奮した様子で (後の夫である)Toshiが私に告げました。
4歳馬が天皇賞に出走することの意義、
そしてあわやの2着になることの凄さ、
皐月賞馬がなんたるか、、、
解説されても、わかったようなわからないような・・・?
それでも、ジェニュインが強い馬であることだけは
私の頭に深く深く刷り込まれたのでした。
そう、まさに「刷り込み」
まるで、生まれたばかりのヒヨコが初めて見た動く物を母と思うがごとく
以後、私の関心はジェニュイン一頭だけに向けられていくのです。
「今度は勝つかも!!」
そう思って迎えた有馬記念。
結果は私の思いっきり単純な予想(勘?)と
3番人気を裏切っての10着。
『風にびっくり事件』は、彼をお笑いキャラに仕立て上げてしまったけれど、
私は彼の“繊細さ”にさらに惹かれました。
・・・強さとモロさを併せ持ったサラブレット・・・
それは、サラブレットのガラスの脚のごとく
美しく魅力的なものとして私の胸に刻まれたのでした。
カラスが飛び立っても驚けば、
調教スタッフのジャンパーが風に吹かれるだけでもパニックになる・・・
それはもう、“繊細さ”で片付けられるものではないかもしれません。
狂気と背中合わせともとれるその性癖は、
決して、競走馬としてプラスになるものではないでしょう。
しかし、それがジェニュインの魅力であったことも確か。
正と負の微妙なバランスこそが、ジェニュインが人を惹き付ける
一番の理由ではないかと思うのです。
種牡馬として過ごす今でも落ち着きなく放牧地を行き来するジェニュイン。
強い感受性は健在だな、と微笑ましくなります。
ジェニュインの出走を待つこと2ヵ月半。
車の中で聴いた中山記念は、「勝つ!?」と思った瞬間
サクラローレルが勝利を持ち去りました。
私は・・ローレルを恨みました。
タイキブリザード、バブルガムフェロー、タイキシャトル、エアグルーヴ・・・
以後、私はいろいろな馬を恨み続けました。(どこかの厩舎に集中してますね (笑))
愛するジェニュインから栄光を奪い去った彼らの、
その実力を認めざるを得ないがための、まさに逆恨みでした。
ゴールデンウィークに近くまで行ったついでに美浦トレセンを見学しました。
遥か彼方まで続く厩舎群。
校庭のトラックの何倍くらいあるのか、見当もつかないくらいに広い調教コース。
あまりに美しく広大なトレセンにすっかり度肝を抜かれてしまった私は、
もうひとつ、重大な事実を知るのです。
それは広報センターに紹介されている関東の活躍馬の中に
ジェニュインのパネルを見つけたとき。
“ジェニュインって、ここ(美浦)にいるの・・!?”
(^^;;;
・・・あんなに近くにいたのに、ジェニュインに会えなかった・・・
その欲求不満が私を東京競馬場へと導きました。
H8年6月9日、私とToshiは安田記念のパドックにいました。
初めての東京競馬場のスタンドの巨大さにビビリながら、
ジェニュインがパドックに現れるのを待ちました。
間近で見るジェニュインは写真よりもほっそりと、それでいて逞しく、滑らかで、
黒い被毛は木目細やかなビロードの肌触りを思わせました。
紫メンコに白いシャドーロール、ピンクのバンテージ。
“ほぅ、これがジェニュインかぁー・・・・・・ほぅ・・・”
なんと表現してよいのかわからないまま、ただただ彼を目で追うばかりでした。
松山調教師が、サンデー産駒を「猫科の動物」に喩えていました。
初めてジェニュインを見たときに彼から受けたイメージは、
まさしく、“黒豹”とでもいうべきものでした。
ジェニュインばかりを見ていた私は
彼の馬体がいかに気品に溢れているか、
他の馬を落ち着いて鑑賞するようになって初めて気付きました。
ジェニュインが先頭を切ってゴールに飛び込むシーンばかりを
思い描いていた私は、実際のレース結果(4着)に現実感を覚えぬまま
始終 夢見心地で府中の杜を後にしたのでした。
秋口に入ってから耳に届くジェニュイン情報は、あまり思わしくないものばかり。
ジェニュインの名を見つけると片っ端から新聞や雑誌を買い漁っていた私は
その頃には基本的な競馬知識が身について、いっぱしの“競馬ファン”のつもりになっていました。
「仕上がりが早く、休み明けでも走る気性」と言われていても
ぶっつけの天皇賞が明かにキツイことであることは理解できました。
それでも「もしかしたら・・・」という淡い期待を抱いて、再び東京競馬場へ。
結果、ジェニュインは見せ場なく14着。
勝ったのは ジェニュインから岡部JKを奪ったバブルガムフェロー。
ジェニュインが成し得なかった4歳馬の天皇賞制覇・・・。
岡部JKの「バブルの方が上だね」という評価は以前から耳にしていましたが
この結果にはひどく打ちのめされました。
それでもなお“ジェニュインは本当の強さをまだ見せていないだけだ”という
思いは強まるばかり。
誰がなんと分析しようが、私の中ではそれが真実でした。
そう思わせる何かが、ジェニュインにあったのは確かでしょう。
故大川慶次郎氏がかつて、TVの番組内で言っていました。
「ジェニュインという馬は、どこが良いのか私には全然解かりませんね。」
アナウンサーがすかさず「それでもG1を2勝する馬ですからねぇ」と
フォローを入れていましたが、
ひっくり返せば、“説明のできない強さ”ということ。
松山調教師はそれを“人知を超えた馬”と表現されていました。
休む間もなくマイルチャンピオンシップ。
前走の惨敗。出走馬中唯一のクラシック馬の意地とプライド。
複雑な思いが渦巻く一番人気。
ジェニュインの力を信じてはいるものの、正直なところ
いつものように先頭でゴールを駆け抜けるシーンは頭に浮かんではきませんでした。
(競馬を知り始めた証拠かもしれませんね)
4コーナーを回り、中団の外目を進むジェニュインが
じわりじわりと確かなストライドで他馬を抜き去り、先頭へ進み出てくる・・・
隣でToshiが「来る!ジェニュイン来るぞ!」と叫んでもなお勝利を確信できず、
杉本アナの「ジェニュインだぁ、勝ったのはジェニュイン!」のひと声で
やっとジェニュインのG1制覇が現実のものとなりました。
ジェニュインの勝利を体験するのは初めて。
あと1年は笑っていられそうなくらいの喜びが襲ってきました。
ただ、杉本アナにはもう少し気の利いたフレーズをお願いしたかったな。
「あぁぁ〜ジェニュイン!やっぱり仕上がっていたジェニュインっ!」
ではちょっとネ・・・ (^^;
続く有馬記念。
性懲りもなく中山競馬場へ出かける私たち。
距離はどうなんだろ?ダービー2着の実績はあっても、マイル戦のあとの2500は?
鞍上は陣営の気合が見てとれる・・・。
勝てば嬉しいけど、あまり期待をかけずに見ることにしました。
G1を獲ったあとの余裕です。(笑)
が、結果は思いも寄らないシンガリ。
あまりにも不可解な着順に、「距離不適」では片付けられない敗因があるように思われました。
帰りの電車では口をきくのも億劫で
“まさか故障じゃないよね?”の疑問符が頭を駆け巡っていました。
有馬記念が終ってすぐ、私はジェニュインに手紙を書きました。
“1年間無事に走りぬいてくれてよかった。
ジェニュインのG1制覇に立ち会えてとても嬉しかった。
ゆっくり疲れをとって、来年も頑張ってください。”
そんな内容でした。しかし。
その数日後、ジェニュインの骨折が明かになり、
居ても立ってもいられなくなって、私は千羽鶴を折り始めました。
ふと、1年とちょっと前には競馬のケの字も知らなかった私が
競走馬へ手紙を書き、せっせと千羽鶴を折っていることを思い、
自分のことながら呆れてしまいました。
自分ののめり込みやすい性格はよく自覚していますが(^^ゞ
それほどまでに人を惹きつける競走馬の魅力は一体何なのでしょうか?
6月。
ジェニュインが東京競馬場に帰ってきました。
骨折明けのぶっつけG1参戦だけど
「球節がモヤモヤしていたのがなくなって、今度こそ本当のジェニュインをお見せできますよ」
松山先生の晴れ晴れとしたコメントが何より嬉しくて、
いやがうえにも期待が高まりました。
事実、5番人気の評価をはねのける直線での力強い走りは、
結果2着でも、十分に「強さ」を私たちに焼きつけてくれました。
府中の直線を馬群の中から抜け出てくるジェニュイン・・・
それこそ私の見たかったシーンでした。
この安田記念が、私はとても好きです。
“サクラチトセオー、タイキブリザードの
G1への執念がハナ、首の差となって勝敗を分けたのなら、
この秋天こそ、ジェニュインがその執念を見せて欲しい・・・
おそらくは最後になるであろう天皇賞を
なにがなんでも手に入れて欲しい!!”
従来にも増して私の頭はジェニュインでいっぱいになりました。
関係者にでもなったかのように、秋を見据えてメラメラと闘志を燃やす日々。
ジェニュインの力を否定するTMの記事には大きく「×」をつけるという
実に大人気ないことを度々やっては、周囲を呆れさせていました。
しかし。
札幌記念でエアグルーヴの4着。
毎日王冠はバブルガムフェローの5着。
「最近、馬場に入っても煩くなくなってきた」という助手さんの言葉や
スタート後のダッシュの物足りなさに正直、焦りと不安を感じました。
闘争心が萎えてきているのだろうか・・・?
せっかく、脚の悪いところを気にせずに走れるようになったのに。
今までにないほど順調なステップを踏んで臨む天皇賞も
主役はすでに下の世代の馬たち。
“どうか、ジェニュインの底力を見せてください”
祈るような気持ちで見た天皇賞は、
エアグルーヴ、バブルガムフェローに次ぐ3着でした。
それでも、この2頭には屈したものの、他馬には先着を許さなかったところに
皐月賞馬の意地を見ました。
2頭ばかりがクローズアップされる後ろで、懸命に走ったジェニュインに
心から拍手を贈ります。
ジェニュインの引退を知ったのは、
マイルチャンピオンシップ当日のスポーツ紙の1面でした。
覚悟はしていたものの、ついに来たか・・・という思いに力が抜けました。
僚馬・ヤシマソブリンの応援に駆けつけた福島競馬場のターフビジョンで
ジェニュインの引退レースを見ました。
勝利より、ただ最後まで無事に走りぬいてくれることだけを祈りながら。
後ろに立っていた見知らぬお兄さんが、
「ジェニュイン、がんばれよ〜!ジェニュイン!ジェニュイン!」
レース中に何度もつぶやいていたことが、どれほど心の支えになったことでしょう。
主役の座はすでにタイキシャトルに明け渡したものの、
ジェニュインは、こうしてみんなに愛されて、
みんながこうして最後のレースを見守っていてくれている・・・。
ジェニュインの引退レースをこんなふうに見届けることができて、心が安らぎました。
馬込みに紛れながらも無事ゴールしたときは、
心底、ホッとしました。
パドックでおなじみだった2枚の横断幕。
『突き抜けろ!ジェニュイン』
『最愛のサラブレット ジェニュイン』
もう、二度と目にすることはないのだと思うとたまらなく淋しく、
もう、
G1ウィークのスポーツ紙全紙を開いて、“ジェニュイン”の文字を探す必要のないことに
物足りなさを覚え、
ジェニュインが出走する日のあの落ち着かなさと、無縁になることに
ちょっとだけ安堵。
これほど振り回される馬はジェニュインが最初で最後だろう、
ということは確信できます。
彼の子供たちが走るレースは、
きっと、もっと大らかな目で見ることができるでしょう。
いくら彼に生き写しの牡駒が現れたとしても、
やはり、ジェニュインを超えることはありえない。
ジェニュインは、私が最初に出逢った馬だから。
ただただ盲目的に追いかけて来ただけだけど、
最初に買った馬券がジェニュインのものでなかったら、
私はこんなに競馬が、馬が好きになっていたかしら?
答えはきっと “No”だよね。