2002年11月30日 天気:くもり 気温:
最低1℃ 最高3℃ ソールストランド・フィヨルドホテル: De Historiske Hotelの一つで、ノルウェー最初の首相 Christian Michelsen が、ベルゲン商人のレクリエーション・リゾートにするため建てたという。ベルゲンから南東方向、カーランド湖を経てオス Osにあり、車で40分*続・ユーレマルケ
きょうは昼からあすのユーレマルケ(クリスマス市)の準備があった。こんどは小学生と中学生の娘たちの学校である。中学生の娘のクラスはカフェと染色教室をする。手作りエプロン、鍋つかみなどに季節柄、クリスマスの模様をそめたりする。アイロンがけをして準備はO.K。こどもたち楽しいとおもうよ。さて、いくらにするかでしばしもめていちばん高いエプロンは50Kr. でおちついた。いいんでないかい? 5年生は外でホットドッグやヴァフレ、レフセ、ジュース類、あたたかいユーレグルッグ、コーヒー、ティーなどを売る。ヴァフレはワッフルのことだけど、日本でよく知られているのと、ちとちがう。もっと柔らかい。あつあつにサワークリームとジャムをのせて食べるとおいしい、ノルウエーのお菓子。ユーレグルッグはシナモンなどのはいった紫色のホットドリンク。刻んだアーモンドと干しぶどうを入れて飲みます。からだがあたたまります。
2002年11月28日 天気:くもり・雨 気温:
最低2℃ 最高4℃ 同名の湖の畔にあるカーランドスコーレ:ベルゲンから車で20分2002年11月27日 天気:晴 気温:
最低3℃ 最高5℃ 暖炉の煙が漂うモンタナとウルリケン:チルケ通りから2002年11月26日 天気:晴 気温:
最低0℃ 最高3℃ 人形ペッパーカーケを作る:ユーレマルケにて(ペッパーカーケ:固焼きそぼろせんべいみたいなもの)2002年11月24日 天気:くもり 気温:
最低2℃ 最高5℃ 作品展2002年11月23日 天気:くもり 気温:
最低3℃ 最高5℃ スタイナー・パラディス校*ユールマルケ、当番の巻き
きょうは娘の学校でユールマルケの当番だった。クリスマスマーケットとでもいったらいいのかな。じつはものすごーく気持ちが引いていた。何せはじめてで、娘はともかく、このわたしにお客さん相手ができる?高校1年の娘のクラスの手作りケーキやお菓子などをこどもといっしょに売る当番。その時間はクラスメイト3人に同級生のお父さんとわたしの5人。開店前からドアの外は行列!こどもたちがいっぱい。あっという間に部屋はお客さんでいっぱいになった。うしろに引いているば・や・いじゃなかったー。つぎつぎ来るお客さんから声をかけられる。う〜わたしゃノルウエー語できないのに。「これは何ですかって?」専門知識ないし、わたしにきかないでー。困ったときはすぐ娘の同級生のお父さんにバトンタッチ。お父さんだってわかんないよねーケーキやジャムやお菓子のことなんて。ごめんなさい、困ってました。
みなさんとてもよく買ってくださって、繁盛しました。「ケーキとジャム2つとクッキーとー。」袋につめる。「それからー、スティアーナください。」とお客さんがいうので、
スティアーナって・・星だ〜ってガラス窓を振り返った。「えっ!これかざりじゃなかったの?」と驚いている間にそれはガラスからはがされた。セロハンにつつまれたうすい紙で折った星。ほんとだ65Kr. たかいんじゃないんですかあ?売り物だってそこではじめて知った。それがときどき売れるんです。は〜ありがとうございます。ほどなくなんか慣れてきて、たのしくさせていただきました。小さな子には10Kr.の棒つきのペッパーカーケがよく売れました。ご祝儀相場なのかな、もうちょっと安くしてほしいけど。わたしの買ったのは焼きたてレフセ、メレンゲの小さなお菓子、ココナッツチョコでした!
2002年11月22日 天気:雨 気温:
最低3℃ 最高5℃ ビイスタシオン:バスセンター*バスとベビーカー
ベルゲンは石畳の道が多い。おまけに坂が多くアップダウンもはげしい。そして毎日のように降る雨に変わりやすい天気。ベビーカーは日本のものに比べてはるかに大きくて、重くて頑丈。これはノルウエーだけではありませんが。日本で使っていたベビーカーは折りたたみ式のコンパクトなやつ。それだときゃしゃで、ここでは到底もちません。
バスは真ん中がじゃばらでつながってる長いタイプのものが多い。ベビーカーをそのままのせられる専用のスペースが大抵2カ所ある。一カ所にベビーカー2だい入ったらいっぱいになる。あかちゃんをのせたまま、ベビーカーを乗せるときもおろす時も、周りの人が手伝う。これはここでは当たり前のこと。最初はこの光景におどろいた。日本だったらベビーカーは場所をとるので歓迎されない。コンパクトに折りたたむほうがいい。あかちゃん連れは肩身がせまい。でもここじゃあ母は強し、態度もおおきい。「ありがとう」もなく、手伝ってもらって当たり前っていう人もいます。バスには犬を連れて乗って良いし、自転車もO.K。
2002年11月21日 天気:晴 気温:
最低-4℃ 最高1℃ スタイナーショルド校(2・3・4年生の校舎)2002年11月19日 天気:晴 気温:
最低-4℃ 最高0℃ むーひょうお〜♪*朝、手袋をしないで出たら手が痛い。一面みごとに凍っている。葉っぱがかんたんにポキっと折れる。あわただしくあちらでもこちらでも、車の霜を削っている。さすがタクシーには霜がついてない、スイスイはしっていった。
*ちょっと語学学校のこと
無料で外国人はノルウエー語を学ぶことができる。主にノルウエーへの移民の人々である。中東からが多いように思う。(イラン、イラク、ロシア、ユーゴスラビア、トーゴ、ルワンダ、エチオピア、タンザニア、モロッコ、アフガニスタン、パキスタン、ボスニア・ヘルツゴビナ、フィリピン、インドネシア、タイ、ミャンマー、ベトナム、中国、ブラジル、アルゼンチン、イギリスなどなど。)いまだアメリカからという人には会っていない。先生だけがノルウエー人のため、学校の中は独特の雰囲気がある。イラクからの女性は今、ラマダンの最中ですっぽり頭からスカーフをかぶっている。休み時間は様々な言葉が飛び交う。英語を話さない人も沢山いるので、共通語はおのずとノルウエー語になる。自分の国で警察官だったという人、ベトナムで医者をしていた女性、ノルウエー周辺の国々を転々としている人、エチオピアから、奥さんが2人いて子どもが8人と言う人も。17、18才の若い世代の人も多い。ノルウエーに来ることができるのはある程度生活に恵まれた人のようである。
しかし目的は一つ、ノルウエーで仕事につくことです。そのためには、6段階あるレベルを終えて、最終的に「ベルゲンテスト」に合格しなければならない。みな生活がかかっている。
2002年11月18日 天気:濃霧 気温:
最低-2℃ 最高2℃ 家々に灯がともるスカンセミーレン:11月10日撮影*霧のベルゲン
朝からあたりは濃い霧に包まれている。10m先も霧で見えない。午前9時をまわって薄日がさしてきた。いつ霧がはれてくるのか。「太陽を見てごらん?」見上げるとぼおっと月のように見える太陽。地元の人もこんな天気はめずらしいという。そうこうしているうちに午後4時。あたりは深い霧につつまれたまま夜になってしまった。いったいぜんたいきょうは明るかったのか不思議な一日。なかなか目が覚めない感じがする。とつぜんあしたのことで、おともだちのお母さんから電話をもらう。お互い英語ノルウエー語、日本語まじり。だけど彼女はれっきとしたアメリカ人。「きゃははは!」大声で笑う。とっても元気な声に励まされ、きょうはじめて目がさめた気がした。・・こんな日は家にいたらいけませんね。
2002年11月17日 天気:雨 気温:
最低2℃ 最高5℃*
トランを飲むあーまた雨かー。ウルリケンが中腹より上は雲で見えない。日が短くなった。(日の出8時43分、日の入り16時4分)雨だと一日中うす暗い。きのうスーパーでとうとう「トラン」を買った。トランはビン入りのさかなの油。ビタミンD、A、Eとオメガ3を補給する補助食品。オメガ3は不飽和脂肪酸のことだそう。こんなの普通にさかなを食べていれば必要ないんじゃないかと思っていた。こちらではどうしても日照時間が少なくなってくるのでこれらを補給する。ノルウエー人はよく飲んでいる。一日小さじ1ぱい程度でいい。保健指導でも、赤ちゃんや子どもは飲むようにすすめられている。味は油、ん〜まずい!さかなくさい。でも慣れれば平気。飲みにくいのでシトロン味もある。ノルウエーのかたいわく、「まずいけどからだにいいです。」
ノルウエーの人たちが夏のぎらぎら輝く太陽の下、はだか同然の格好で陽にあたっているのは、少しでも太陽の光にあたりたいからなのですね。恐ろしいことしてるなーと思うのですが。雨も多く、日が短くなって暗くながーい冬になる。その気持ちわかります。
2002年11月16日 天気:雨 気温:
最低3℃ 最高6℃ 夕暮れのトルグアルメニンゲン通り*チャンポン
8時をまわってもまだうすぐらい。きょうは土曜日、3人で朝いつもよりゆっくり食事をとる。きのうから2人のお姉さん達は合宿に行っているので静かー。台所から目の前に隣のアパートが見えるのだが、ひっそりしていて起きている気配がない。「まだ起きてないのかな。」ラジオのクラッシック放送をかけてみた。聴いていると電話でリクエスト曲をきいてかける番組だった。何か変。電話の相手は英語で話している。次に局の人がノルウエー語で話しかける。すると英語であいずちをうって英語で話す。ノルウエー語がわかるけど、英語でしか話せないらしい。なんとも不思議な会話。とっさにきのうの自分を思い出す。ある事務所に文句を言いに行ったのだが、またもこの前のやさしいおにいさんだった。たどたどしい英語に混じって、え〜い、わからないところはノルウエー語を混ぜてしまえと勝手に話す。チャンポン。忍耐強く聴いてくださる。話が終わった時はおにいさんかなり疲れていた模様。わたしは終了時間まぎわの駄目押しの客だ〜。
2002年11月15日 天気:雨 気温:
最低2℃ 最高5℃ バスターミナル・ショッピングセンター*「何枚ありますか?」
いつも通る花屋さんでクリスマスカードを売っていた。1枚1クローネとある。本屋さんのよりずっと安い。選んで枚数を数えレジまでもっていく。カードのたばを受け取ると「何枚ありますか?」とお姉さんが私に聞く。(へっ?数えない!)「20枚」と答えると、にこにこして数えずにこちらのいう数を打ち込んだ。妙な気分。うそを言ったらそれをうつの?以前もお皿を買うとき、包んでくれたのはいいのですが、レジの人が「何枚だった?」と聞くことがあった。カフェで菓子パンを皿にのせてお金を払おうとしたら、「何個だった?」と聞かれることも。バーコードの付いていない商品を持ってきてしまい、「値段はいくらって書いてあった?」と言われたことも。・・肩のちからがぬけます。
2002年11月14日 天気:晴 気温:
最低-4℃ 最高1℃ 写真はニーゴード通りからスタレフォスを眺める。先日いちばん上の左端の家を訪問*寝袋持って
上の姉たちが合宿の知らせをもらってきた。所属している音楽クラブの合宿。持参するものに「寝袋」とある。どこかの学校で合宿して、自分たちで食事をつくり、教室で寝るらしい。寝袋がもう一人分必要になった。学校でもキャンプというと決まってテント生活で、スキーでも寝袋と下にしくマットは必ず持って行く。合宿というからもしや簡単な宿泊施設かと思ったが、やっぱりあまかった。まだ屋根のあるところに寝るからいいほうかも。寝袋はここではよく使うので、必需品です。どこの家にも普通にあるものなんですね。
2002年11月13日 天気:晴 気温:
最低-1℃ 最高1℃ 写真はスカンセンからトルゲ方向*体型の違い
んっ?こ、こ、このさむいのにへそ出しルック!若い女性はセーター着ててもおへそが見えてますよ。って、ファッションなんでしょうね。それとも洗って縮んじゃったのかな。女性の平均身長は170cm(男性は180cm)、でも背の高い人、低い人、差がある感じ。売っている上着はそでが長く、たけが短いものが多い。ジーンズなどズボン類になるとおしりが小さく腰ではくものばかり。日本人には困りもの。こちらの人がはくとにあうんですね。寒くてもカッコ良くみせるのに忍耐がいるのはどこも同じ!? でもやっぱり寒そう。どだい体型がちがうか・・。
2002年11月12日 天気:雨 気温:
最低1℃ 最高4℃*
暖かな暖炉気温が0度近くになると部屋の中も冷え込む。暖房はオイルヒーターかパネルヒーター。(ガスはなく、電気のみ。)寒いのでヒーターは一日中つけっぱなし。とても寒くていられない。我が家にはねんきの入った暖炉がひとつ居間にある。鉄の柵になぜか魔法使いがほうきにのっている絵がうかびでる。最近暖炉の中にはでっかく口をあけたトロルもいることに気づいた。 昨年暮れ、マイナス11度になった時は家の中も凍りそうだった。もう寒くていられないから、大家さんにこの暖炉使えるのか聞いてみた。「つかえるわよー。」といとも簡単に説明してくれて、やってみたらほんとだー使える!かざりじゃなかった。
薪は自宅にある人は木を切り倒して調達するか、ガソリンスタンドに売っている。なかなか火が付かないときは専用の燃焼材(1本10クローネ)を使う。これを使うとうまいぐあいに火がつきます。暖炉だと部屋はぐんと暖かくなります。フィオーナ(猫)もものすごくおびえていたのに、いまじゃ平気。あったかいってわかったようだ。
大きな家になると暖炉が2つあるのも珍しくない。ステイタスシンボルなんですね。どの家でもアパートでも暖炉か薪ストーブがあって、屋根には暖炉用の煙突が立っています。
2002年11月11日 天気:晴 気温:
最低-1℃ 最高0℃2002年11月10日 天気:晴 気温:
最低-1℃ 最高2℃ 写真はともだちの家につづく道*バースデイパーティー
5年生の娘はよく誕生会によばれる。ついこの間も仲良しのおともだちの家に行ってきたばかりだ。はじめてクラスの子から招待状をもらった時は親も子どももどうしたら良いかわからなかった。でも持っていくものは手作りのバースデイカードだけでいいことをおともだちが教えてくれた。「お誕生日おめでとう」とノルウエー語で書くのを手伝ってくれた。手作りのケーキやピザとジュース、そしてゲームなどをしてわいわい楽しく過ごすようです。たいていクラス全員をよぶので、この日ばかりはお父さんお母さん2人とも一緒に準備する家庭が多い。とてもにぎやかでまるで学校のよう。プレゼントは両親からのもので、みんなの前であける。そして最後に一人づつ小さな袋をもらって帰る。この中にはいろいろなお菓子が入っていて、ノルウエーでは誕生会には必ずつきものなんだそうです。
2002年11月8日 天気:晴 気温:
最低3℃ 最高6℃ 写真はパン屋さんのお菓子*未婚・既婚
あなた子供いる?・・・います。
結婚してる?してない?・・・してます。
語学学校を休むと書類を提出しなければならない。先生から質問されて、最初なんでこんなことわざわざ聞くんだろうと思った。日本だと多くの人は結婚していて当たり前というところがあります。ノルウエーでは結婚せずに一緒に住んでいるというのはごく当たり前のこと。同居の相手を「サンボア」と呼んで、ごく普通に「自分にはサンボアがいるよ。」と話します。結婚してもざっと半分は離婚している。(1995)
ほとんどの家庭は夫婦共働きで、夫婦別姓が認められています。
風呂場の棚でくつろぐFiona*ノックの習慣
デパートや学校のトイレに入るとき、どうしますか?って、へんなしつもん。ふつうノックするよねー。ここではノックなしに、いきなりガチャガチャっとノブを回す。入ってるほうとしてはびっくりする。目があっても、にこっとしてごめんなさいもない。ぜんぜん気にしてないんです。学校でも同じ。習慣なんですね。中から鍵だけはしっかり閉めないと。
2002年11月7日 天気:雨 気温:
最低2℃ 最高7℃ 写真はパン屋さんのケーキ*きょうは Turトウール?
あさ、学校に用事があって出かける。雨がぽつぽつ降る。用事を終えて帰りのバスに乗ったら、途中から4,5才の10人くらいのこどもたちと2人の女の先生が乗ってきた。みんな長靴かブーツ、防水ヤッケに防水ズボン、耳あてつき帽子にハイキング用リュック。そして服やリュックには反射ばんという格好。どこかハイキングに行くらしい。こどもたちは全員、蛍光色の胴着を付けていて、むねには「バーナハウゲ」とあった。どうやら幼稚園生のようだった。席に着くなり元気な声で数をかぞえはじめた。「・・87、88、89、んーっと、1000!」・・?・・つまると先生が数を教えている。まわりに座っている人たちがきさくに先生に話しかけている。座席の肘掛けがちょうどこどもの顔の高さ。並んで降りるとき顔をぶつけてしまった子がいた。みんなあんまり小さいので、先生の大きな登山リュックにぶつかりそうになる。停留所を3つ過ぎたところでみんな降りていった。
ノルウエーの小学校でも中学校でも「トウール」(ハイキングや散歩のこと)といって、こちらではよく出かける。ベルゲンで降るしとしと雨ぐらいでは、中止にならない。でも「わたしきょう雨だから歩くのやだなあー。」というのはお互いあるようです。
2002年11月6日 天気:雨/あらし 気温:
最低5℃ 最高10℃ 写真はブルンオスト*物価のはなし
「ノルウエーはどこ行っても物価がたかいね。」と先週ブリッゲンで会った日本の観光客のかたが話していた。実は世界で一番物価が高いとのこと。
教室で買い物の話になり、スーパーでビニール袋をもらうと、ベルゲンでは1枚につき50オーレ(約8円)とられる。ノルウエーの別の町では1クローネ(17円)のところも。「そりゃ高い。良くないね。」と先生も感心しない。わたしはビニール袋やリュックを持参している。
ノルウエーでは商品に24%、食品は12%の税金がかけられている。これが酒になるとほとんど税金?と思うほど高い!日本の300円位のワインは皆無。どれも2000〜3000円する。ビールはスーパーで買えるが、その他の酒は国の専売制で「ビンモノポリー」というところでしか買うことができない。それに外食はあまりノルウエーのかたはしない。高いんです。だから自分で作るんですね。そういう我が家も、パン、ケーキ、ピザ、よく作るようになりました。自分で何でも手をかけると安くあがります。
2002年11月5日 天気:雨
気温:最低4℃ 最高6℃ 写真は午後5時頃ハウケランド病院から:中央はサッカー競技場*マットパッケ!
「きょうのマットパッケもブルンオストだよ。みててごらん。」娘が自分の紙づつみをひらくと、「ほーらね。」とおともだち。「ねえねえ、偏ってない?」「だれが作るの?お父さんとお母さん?」・・「うん。」と娘が答えると、おともだちは、口をそろえて「かっわいそう!」って。いつも作るのお姉さんとお母さんでしょう。ついに、気づかれたか。・・5年生の娘は毎日おべんとうを学校に持っていく。マットパッケ用の紙にパンなどをつつんだものを「Matpakkeマットパッケ」といって、おべんとうのこと。ノルウエーの人は職場や学校、ハイキングにこのマットパッケを持参する。ヤギのチーズは「Brunostブルンオスト」という。鉄分があってキャラメル色をしている。職場では、ヤギのチーズをはさんだパンを持ってくる人が多い。スライスしたパンに、けずったヤギのチーズをはさんだだけというかんたんなもの。ノルウエーの人はこのヤギのチーズを小さい頃から食べている。うちは朝時間がないものだから、ついこれをつくってしまう。・・おともだちはにんじんを半分にしてくれたそう。
2002年11月4日 天気:晴
気温:最低1℃ 最高4℃ ハウケランド病院周辺:ウルリケンロープウェイ近く*街にあかりが灯ると
家の照明は電球の間接照明である。窓のカーテンは閉じずにあけておく習慣。窓にあかりが灯る。よなかでも照明を消さないので
街の夜景がとてもきれいだ。(昼の写真はここ(10月24日撮影))雨であっても美しい。職場でも同様に、仕事が終わって誰もいないのに、部屋のあかりはついたまま、ということがよくある。もっとも店は照明をつけたままが多い。日本人の感覚だと蛍光灯の明るさになれているので、生活するとなると電球の間接照明は暗く感じる。来た頃は「もっと明るくならないの?でんきつけて。」・・「えっ、ついてるの?」ということがよくあった。それに照明は消さないと、電気代がね。これから来年初めにかけて、家々の窓には星やろうそくの形をしたクリスマス用のあかりが灯されていく。静かな中にも一層クリスマスの雰囲気が増していく。2002年11月3日 天気:晴
気温:最低0℃ 最高3℃*きょうのいでたちはノルウエー人
すこしも気温が上がっていないように思う。一日じゅうさ・む・い。外では毛糸の帽子をかぶらないといられない。帽子に耳あて機能のついたのを男女問わずかぶっている人をよくみかける。市場でもカラフルな毛糸の帽子を売っている。こどもは三角の先のとがった毛糸帽子をよくかぶっている。「白雪姫」にでてくるこびとのようでかわいい。というわけで、われわれの格好は帽子、スキー用防寒着、手袋、マフラー、底のすべりにくい靴といういでたち。すっかりノルウエー人。みんなこんな格好をしている。おしゃれなかたはお年をめした女性に多く、ベレー帽にオーバーコート、または毛皮のコートを着ている。生活の余裕が違うんでしょうね。(
写真1の奥は、ウルリケンからフロイエンへ続く尾根。写真2は市中央の池からフロイエンをみる)2002年11月2日 天気:晴
気温:最低0℃ 最高4℃*グリーグホールにて
午後、ファミリーコンサートがあった。ベルゲンフィルハーモニーオーケストラと大勢のこどもたちによる、「サウンドオブミュージック」を歌と演奏でつづったものだった。進行役の男性とトラップ大佐のこどもたちに扮した7人を中心に、ものがたりがすすむ。開場もいっしょに「ドレミ」の歌を歌ったり、手拍子が自然と出てもりあがった。実はこのものがたりの進行役は先月ご懐妊発表があったばかりのプリンセスの予定だった。1週間前急にキャンセルになってしまった。映画を彷彿させる、美しい歌と演奏で感動した。(
写真:グリーグホール)*ならびはじめたJul グッズ
スーパーにクリスマスデザインのビールやジュース、チョコレート、あめ、ろうそく、リース、食器、カードがたくさんならびはじめた。この時期、あばら骨のついた1mほどもある干した羊の肉も段ボールに入って置かれている。保存食で、家庭でつくる人もいる。塩加減がちがうのだそうだ。日本は年末にかけて正月をむかえる準備に忙しくなる。ここではお国柄、なんといってもJulが大切。人々はJulの前がその準備で大変忙しい。そのためショッピングセンターは、これから買い物客で混雑してくる。(
写真:バスセンターのショッピングセンターからフロイエンをみる)ところで、「日本では家でクリスマスツリーを飾るの?」とこどもたちの担任の先生。「はい、プラスチック製のもみの木に飾ります。」「えっ?プラスチック製?」と、去年大変おどろかれていた。むりもない、こちらでは小さくても本物のもみの木に飾るから。12月には、いたるところにもみの木を売る場所ができてくる。そしてJulが近づくと、学校でも店でも「God jul! ゴッ、ユール!」(良いクリスマスを!)と声をかけあう。(
写真:バスステーションショッピングセンター)2002年11月1日 天気:霧/晴
気温:最低1℃ 最高7℃*紅葉と会話試験と・・
ベルゲンの街はいま紅葉がたいへん美しい。中腹から家が連なって建っている山々、街の中央から丘の上にあるベルゲン大学やヨハネ教会周辺はまことに鮮やかである。天気が良い上に金曜日とあって、午後のトーグアルメニンゲン(街の中央、歩行者天国のよう)は人々でにぎわう。待ち合わせの場所にもなっている。(
写真はベルゲン大学周辺、ヨハネ教会)きょうはノルウエー語会話試験がおわる。学校ではいろいろな国から移民して来た人と学んでいる。その中でもアジアやアフリカからの人は言葉がノルウエー語とはたいへん異なるので、ひとり通常850時間のところ、3000時間(日本人も入っているね)学ぶ権利があると先生。私の顔を見て中国語もとても異なる言葉の一つと言う(気を使っているらしい)。私は日本語もとても違います!と言った。・・いちど日本語勉強してみてほしい。