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ぼ‐たん【牡丹】
ボタン科の落葉低木。中国原産。中国で花王と称する。観賞用・薬用に古くから栽培。高さ一メートル余。葉は羽状複葉。普通は、四〜五月頃、直径二○センチメートルに達する大形の美花を開く。園芸品種が多く、色は紅・紫・白・淡紅など。根皮は生薬の牡丹皮で、頭痛・腰痛・婦人病などの治療に用いる。二十日草。深見草。名取草。山橘。〈季・夏〉。〈色葉字類抄〉(『広辞苑』第四版CD-ROM版)
上掲『広辞苑』に言うように、牡丹は中国では「花の王」・「富貴の花」と呼ばれて古来最も愛好されてきた。だが、中国で民国時代の1929年に制定された“国花”は牡丹ではなく梅。牡丹は華美で革命中国に相応しくない、とされたそうな。梅は雪中梅と言うように、寒中に凛然として花を咲かせるさまが国花として適役とされたという。
唐代には白居易(白楽天)が「花開き花落つ二十日、一城の人皆狂ふが如し。」と歌ったように牡丹の花見に国を挙げて熱狂した。寺院はこぞって牡丹を栽培し、名花の株は高額取引された。その牡丹は頽廃美[たいはいび]さえ感じさせただろう。
日本では花見といえば桜。牡丹は日本人にとっては華美すぎたようである。「咲いて牡丹と言われるよりも散って桜と呼ばれたい」ってか?(笑)
元禄十五年(1702)十二月十四日の赤穂浪士の吉良邸討ち入りの直後、元禄十六年正月五日に輪王寺門主の公弁法親王(後西天皇の第六皇子)は「世は悦[よろこ]ぶ忠貞の義、我栽[う]ゆ富貴の花。同じく太平の化を承[う]け、各々自ずから年華を賞す。」という詩を作った。赤穂浪士の忠義貞節を牡丹の美しさになぞらえたもので、これが事件後最初に赤穂浪士たちを“義士”としてたたえた文章だといわれる。
この法親王が、義士の処断に苦慮する将軍綱吉に最終的な助言を与え、犯罪人ではなく武士の扱いで切腹させることによって桜花として散らせるよう引導を渡したという話もある。
この少女の服飾の考証はいいかげんなので、穿鑿は御容赦。
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