「ある“虎”の肖像」
「ある“虎”の肖像」 600*600 37.8KB

「まるで虎だ!」(イギリスのボクシングファン)

 かつてミドル、ライトヘビーの二階級を制したディック・タイガーは1929年、植民地時代のナイジェリアに生まれた。25歳でイギリスに渡ると、その激しいファイトぶりから、「タイガー」の異名を戴くことになった。
 33歳にして世界ミドル級王座につき、一度陥落・奪回を演じた後に再び王座を失うと、ライトヘビー級に転じてホセ・トーレス(トレーナーがあのカス・ダマトで、マイク・タイソンの兄弟子に当たる)から王座を奪ったのは37歳の時だった。月並みな言い回しだが、「遅咲き」というしかないだろう。いくら重量級がフライ・バンタムといった軽量級よりも長持ちするとしても。
 ライトヘビー級王座三度目の防衛戦で、20cm以上も背の高いボブ・フォスターに完璧なKOを喰らって王座から去る。ボブ・フォスターは後に14度も王座を防衛する名チャンピオンとなる選手だったのだから、相手が悪すぎた。三年後に引退を表明すると、まもなく癌で42歳の生涯を閉じた。(この項はワールド・ボクシング12月号増刊『世界名ボクサー究極の100人'92改訂版』日本スポーツ出版社1992年12月による)

 私は正直言って、ディック・タイガーの戦う姿は、ノックアウトシーンを集めたあるビデオでボブ・フォスターに左フックをもらって完璧にKOされるシーンしか観たことがない。しかし、かつて上記の『世界名ボクサー究極の100人』でその生涯を知ってから、記憶に残るボクサーの一人とはなっていた。
 実は、この絵は98年の年賀イラストとして描き始めたものである。虎年の絵を描こうとした瞬間、ディック・タイガーを題材にしようと決めていた。もっとひねって、元東洋太平洋ジュニアライト級王者のタイガー・アリを描こうとも思ったが、ちょっと絵にならないのでやめた。とある事情で年賀イラストどころではなくなったので、描く気も失せかけていたのだが、なんとか完成させた。謎な背景は、タイガーが「筋肉おやじ」だったという私のイメージをあらわしてみたものである。日本人がいくら鍛えたとしても、真似のできない筋肉の付き方である。かつて悪役レスラーとして米国中を転戦したこともある山本小鉄氏が、外国人と日本人とは体のパワーが違うと言っていたが、うなづけるような気がする。なにせ、肉を本格的に食い始めて…というより、国民全員が好きなものを好きなだけ腹いっぱい食えるようになってから五十年も経っていないのだから。ミドル級の壁は竹原慎二が打ち破ったが、日本人が"Heavy weight champion of the world"となるのはいつの日か。
 アリの絵と同様、Painterのエアブラシで描画。

Painter5.03J

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