「サザエさん」
サザエさん 800*600 95KB

吠えろ!サザエ武者!!

 ある日、私が某書店の一階雑誌売場を歩いていると、『芸術新潮』1997年10月号の表紙が目にとまった。普段は「ゲージュツ」とはトンと縁遠い私だが、表紙に記されていた「特集 遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子」という文字に惹かれたので手にとってみた。
 頁をめくっていって、橋本治氏が連載している「ひらがな日本美術史」の所まで来て、三頁目を開いた瞬間目に入ったのは金色に輝くサザエ形の兜。「サ、サザエさん…。」同時に私の脳裏に浮かんだのは、この一言だった。
 この文章によると、戦国時代になると鉄砲の出現によって鎧兜の材質が鉄となり(それ以前は革と漆が主体)形が自由にできるようになったこと、そして伝統に反逆する気風が生まれたことと相まって、「当世具足」と呼ばれる鎧兜が流行し、各武士が独特の意匠を競ったらしい。その具足(鎧兜一式)一セット中に属するのが「当世兜=形兜〔なりかぶと〕=変わり兜」で、これは実にユニークなデザインが異を競っている。
 しかしながら、それは単に奇をてらったのではなく、意味をこめたものであったそうだ。例えば、坊主の頭の形をした兜は「オレは死ぬことなんかなんとも思ってないぞ!」、仏教の武器である金剛杵〔こんごうしょ〕を握った腕が生えている兜は「仏教の武器がついてるから負けないよ」、五輪塔(墓標)がついている兜は「私はいつ死んでも平気だ!」、そして伊勢海老の形をした兜や、この「金箔押栄螺形兜〔きんぱくおしさざえなりかぶと〕」は「鉄砲の玉に当たったって、オレの頭は固いから平気だよ」、というように。
 それにしても、想像してみたまえ。こんな情景が目に見えるようではないか。とある時代のとある場所、一人の武士がサザエの壺焼きを食べていた。食べながらサザエを眺めていると、「そうだ!(ヒラメキ)これを頭にかぶったら…」と膝を打つ。さっそく武具職人に「こいつを兜にしてくれ。」と依頼する。「は?」「サザエ形の兜を作ってくれ。ついでに金ピカにするんだ」「はっ、かしこまりました」。すぐさまサザエを取り寄せて研究する職人。「え〜と、このトゲは渦巻きにそって生えているんだな…」。兜の鉢にかぶせるハリボテ(革や紙を漆で固めたもの)を苦心してサザエ形に仕上げ、金箔を張って完成。それを武士に献上すると、「うむ、よくできた」とばかりに、さっそく頭に戴いて出陣。サザエに守られている、という自信からか、その武士は戦場で大活躍。その金色に輝く兜のおかげで武勲はいやがうえにも際だち、彼は大いに恩賞を受けた。深く満足する武士と職人…。
 橋本氏は最後に言う。

 我々は、おそらく「実用」というものをカン違いしている。いくら「ヘンなもの」でも、当人がそれで納得してしまったら、それはそれで立派な「実用」なのだ。それを、ある時代の立派な男たちは、みずからヘンなものを頭に載っけて、我々に教えてくれているのだ。
と。

 自らを守るため、そして少しでも目だって自分の手柄を人々に認めさせるため、勇猛な武士たちはヘンな鎧兜を考え出して身につけた。なんとも愉快で素晴らしい時代だったことだろうか。この当世具足たちを見ていると、日本人は元来ユーモアのセンスに欠ける人種だ、などというのは迷信であるように思われる。日本人に冗談が通じなくなったのは富国強兵を目指した明治維新後か。いや、天野祐吉氏の『嘘八百!』シリーズ(明治・大正・昭和戦前期までの新聞・雑誌広告のアンソロジー。文春文庫ビジュアル版)を見ていると、そうとも思われない。やはり、悪平等主義の日教組とPTA連合軍が戦後学校教育を牛耳ったせいだろう(←激危)。そのせいで笑い=イジメとなり、ちょっと冗談を言われただけでカンカンに腹を立てる器の小さい人間が生まれるようになったのではないだろうか。

 さぁ〜て、来週の『サザエさん』はぁ☆

の三本でおおくりしまぁ〜す★んがんぐ。(←嘘)

 この絵から、初めてPainter5を使った。実のところ、兜と面の部分はPainter4でかなり描きあげていたのだけれども。しかし、5になってからマジックワンドが実用に耐えるようになり、目と口の部分、のどを防護する部分(?)、そして背景を描くときに大いに役だった。マスクをいちいち手で描かなくてすむだけでも大助かりだ。その割にショボイ背景だけれども(笑)。Painter5ではプラグインフローターなど、画像に劇的な効果を与える機能も加わったが、絵のバランスを崩さぬように用いるのはちょっと難しいので、この絵では使えなかった。

Painter4.03J+Painter5.03J

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