「マス大山のダイナミック空手」
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極真が最強である。

 大山倍達[おおやま-ますたつ]:1923年生まれ。少年時代より数派の空手を学び、戦時中は陸軍航空隊に所属して特攻隊に志願。戦後、山ごもりやアメリカ武者修行などを経て極真会館を創立し、空手を世界的に普及させる。1994年、癌により没。

☆まめちしき☆
“押忍!”は誤り?!(「オス」の語源)

 一般に空手の人たちに付き物だと思われているのが「押忍!」という言葉。師匠が教えを説き、「押忍!」と答える門弟たち。しかし、これは本来、別の意味の言葉だったとしたら……。
 小林孝裕氏(1921-1986)著の『続海軍よもやま物語』(光人社1980年)の「オスッとオッス」と題する章によると、海軍用語の「オスッ」は「お早うございます」が簡略化され、その結果「オ」と「ス」が残ったもの。発音は「オスッ」であって「オッス」ではなかったそうだ。当然、挨拶の言葉で、士官・下士官兵を問わず同輩か目下の者相手に広く使われたという。
 大山倍達総裁は海軍出身ではない。おそらく戦後、復員兵たちが用いているのを聞きかじった若者たちが乱用するようになったのだろうが…。小林氏によると、

 若者のグループは、リーダーがなにか注意をあたえるのにたいして、「わかった」の代わりに、「オスッ」「オッス」と返事をしているようだが、あまりいただけない。かといって、語源はかくかくしかじかであると、教えてやる元気もなくなった。
ということである。「押忍」とは「オスッ」という挨拶・掛け声に合わせて後から漢字表記を当てはめて新たな意味を生じた言葉と考えるのが妥当なようだ。
 ……とまぁ、人名辞典あたりならこんな風に記載されるのだろうけど、我々の知っているマス大山こと大山倍達総裁は、こんな無味乾燥な記述で片づけられる人ではない。素手でビールびんを切っちゃう人。なんでもかんでも割っちゃう人。何十頭も牛を倒しちゃった人。修行のために眉毛を剃っちゃった人…。こういったイメージを普及させたのは御存知、梶原一騎原作の劇画『空手バカ一代』だが、活字の書籍として出版されている大山総裁の自著・他人が書いた大山総裁に関する本もまた、我々に大山総裁の御人柄を知らしめてきただろう。その数は『活字秘宝』Vol.1(洋泉社1997年)によると五十冊以上にのぼるらしい。
 昨年末に出版されて一部で好評を博した『活字秘宝』の中でも、大山総裁の本を扱った「押忍! マス大山本 地獄の五十冊組手」というコーナーは突出した面白さを誇っていた(実際、そういう意味の感想が記されたWeb pageを二つ見たことがある)。そこに紹介されている大山総裁の御言葉は、まさしく「真剣・正直」(『マス大山の正拳一撃』市井社1994年の帯より)であり、“空手原理主義者”ともいうべき総裁の論理は、我々をして微笑ませてくれるモノがある。
 総裁の御姿を見られるカバー写真の数々もまた、みものであるが、その頂点に立つのが『ダイナミック空手』(日貿出版社1967年)のカバーである。上半身裸で右正拳を突いてロウソクの火を消す大山総裁。圧巻。これは是非とも現物を手に入れたいと思って古本屋を回ったが、手に入らず。しかし、ある図書館で検索してみると所蔵していた!だが、白黒写真の口絵に同様な構図のモノがあったものの、カバーは廃棄されていて見られず。無念!!その後、『大山空手もし戦わば』(池田書店1979年)という本は古本屋の百円コーナーで購入できたのだが…。『ダイナミック空手』と『マス大山の正拳一撃』を見つけたら、万難を排してでも手に入れたい。
 ちなみに、大山総裁は海苔弁当がお好きだったらしい(『マス大山の正拳一撃』中の格言に「弁当は『海苔弁当』がおいしい」とあるらしい)。なぜに海苔弁当?と思ったが、山本小鉄氏も海苔弁が好物だと語っていたのを思い出した。山本氏は

僕は弁当が大好きなんですよ。それは僕なんか貧乏な家の子供だったから、いつでも弁当なんか持っていけなかったんですね。だから大人になった今になっても弁当を持っていくのが好きなんですよ。手弁当持って、道場に行ったり、事務所に行ったりしてね。
(大沼孝次『山本小鉄 鬼軍曹のプロレス一代記』鹿砦社1996年)
と言っていた。そう、戦前戦中世代(山本氏は1941年生まれ)の“日の丸弁当”が当たり前だった時代の人々にとって、海苔弁は“ごちそう”だったのだ。なにか感動的だ。

 顔の部分はPainterのウォッシュブラシを使用。体の部分と海面(のつもり)はウォッシュブラシと「水滴」を併用。雲と稲妻(のつもり)はエアブラシ。

Painter5.03J

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