「レイジング・ブル」
「レイジング・ブル」 480*640 55.5KB

"That's entertainment."(Jake La Motta)

 元世界ミドル級チャンピオン、ジェイク・ラモッタ。
 ニューヨークのブロンクス地区の貧しい家庭に生まれたラモッタは、少年時代から悪の道に手を染め、ぶち込まれた少年院で彼を理解する神父に出逢ってボクシングを覚えるという、お約束のパターンをたどる。デビュー以来、“パウンド・フォー・パウンド”(体重を同一と仮定して史上最強)といわれるシュガー・レイ・ロビンソンを一度は破るなど白星を重ねたが、タイトル挑戦の機会には恵まれなかった。
 「その筋」から、一試合だけ八百長を演じたら、挑戦権を与えると言われ、話に乗ってしまう。その試合では相手に打たせまくったが、蠅も殺せないパンチで倒れることもできない。そこで試合放棄してTKO負けとなる。当然大問題となり、この事件は後々まで彼の生涯に影を落とすことになる。
 約束が守られたのか、二年後の1949年にようやくフランスのマルセル・セルダンとタイトルマッチを戦い、10ラウンドTKOでタイトルを奪取する。余談ながら、セルダンは後にリターンマッチに挑むために搭乗した、フランスからアメリカに向かう飛行機が墜落して死亡。それを悲しんだ恋人のエディット・ピアフが作ったのが「愛の賛歌」である。
 二度防衛の後、宿敵ロビンソンにメッタ打ちのTKOに撃ち取られてタイトルを失う。決してダウンしなかったのが彼の意地であった。性格の激しさゆえに妻子に逃げられるなど、周りの人間はことごとく去ってしまい、経営したクラブで未成年者に飲酒させて逮捕されたり、八百長の件で証人喚問されるなど、引退後も彼の人生に波風は絶えなかった。
 後に、少年時代からの友人だったロッキー・グラジアノ(元世界ミドル級チャンピオン。ポール・ニューマン主演の映画『傷だらけの栄光』のモデル)と共にブロードウェイの舞台に立ち、好評を博する。自伝『レイジング・ブル』はマーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロ主演のコンビで映画化され、これによってラモッタは「伝説のチャンピオン」の一人となる。最近では、数年前の『ボクシングマガジン』に「ボクシングの殿堂」に名を連ねるボクサーの一員として、白髪の好々爺然とした姿を見せていた。

 この絵は「レイジング・ブル」と題するように、実はジェイク・ラモッタの顔ではなく、ロバート・デ・ニーロの似顔絵だったりする。彼は引退後太りに太ったラモッタを演ずるため、ミドル級リミットの72.5kgに絞った体を短期間で97.5kgまで太らせたという…。ラビット関根…もとい、関根勉が、デ・ニーロが「ジャイアント馬場物語」に主演するとしたら2m3cm位まで(馬場は2m9cm)身長を伸ばしてくるだろうと言っていたが(『関根勉のフルコンタクト映画館』という本だったか。立ち読みのみなので…)、それくらいのことは可能かも知れない。「足長おじさん」を演ずるとしたら、器具や薬(?)を使って、足を座高の1.5倍位に伸ばすだろう。
 監督のスコセッシは、ボクシングが全く好きではないという。確かに徹底してラモッタを「ヤな奴」として描いているし、映画の冒頭からして、ラモッタが「疑惑の判定」で敗れ、ファンが怒って乱闘を始め、服は破れる、椅子は飛ぶ、ポップコーンはまき散らされる、女性が倒れて踏みつけられる…といった具合で、ボクシングファンなら絶対にこんなシーンを作るはずがない(笑)。

 例によって、Painterのウォッシュブラシを使用。それにしてはオイルパステルを使ったような感じだが、ウォッシュブラシの方が下の色を引きずる度合いが少ないので、個人的にはこちらの方が使いやすい。

Painter5.03J

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