かの『燃えよドラゴン』の冒頭シーン。
少林寺で模範試合をするリー。それを見つめる高僧と英国情報部員(?)。ブレスウェイトと名乗る西洋人は、拳法の達人であるリーに特殊任務を依頼するために来たのだ。ハンが主催する武芸大会に出場して欲しいとブレスウェイトは言う。即座に断るリー。ブレスウェイトが説得しようとすると、一人の少年が現れる。「約束の時間だ」と言ってリーは中座する。
リーは、いきなり少年に「蹴ってみろ」と言う。少年は怪訝な顔をするが、とりあえずリーに向かって一発蹴りを入れる。リーは軽くかわし、「なんだそれは?見せ物か?集中しろ」と言い、もう一度蹴らせる。少年が蹴ると、再び軽くよけて「怒りではないぞ、気合いを入れろ」と言う。また少年が二発三発と蹴ると、リーは「そうだ!何か感じたか?」と言う。少年が"Let me think..."(え〜と…)と頭をかしげると、リーは少年の頭をひっぱたいて、
"Don't think.FEEL! It is like a finger pointing away to the moon."(考えるな、感じるんだ!それは月を指さすようなものだ)と言い、またもや少年の頭を張って"Don't consentrate on the finger,or you will miss all that heavenly glory."(指先にとらわれるな、さもなくば全体を見失ってしまう)と言う。さらに「わかったか?」と念を押して少年が微笑んで頭を下げると、またまた少年の頭をひっぱたいて「礼をするときにも敵から目を離すな!」と言う。
さすがに不満そうな顔つきになった少年が立ち去ると(ちなみに少年を演じたのは菫偉[トン-ウェイ]という俳優で、リーの教えを受けたおかげか子役俳優で終わらず、『男たちの挽歌』のアクション指導を担当したり『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地撃攘』で主人公と戦う悪役を演じたりしているらしい。よかったネ☆彡)リーはようやくブレスウェイトと視線を交わし、♪チャ〜チャチャッ「アチャ〜!」と、あのラロ・シフリンの音楽と“怪鳥音”に乗せてオープニングタイトルが始まる…。
この「考えるな、感じるんだ!」と“ジークンドー(截拳道)・コンセプト”を象徴する「水のように」はブルース・リーの遺した言葉の中でも特に印象的なものになっている。(※以上、英語聞き取りには自信ありません。間違っていたら請教。)
我々の観ることができる国際版『燃えドラ』のオープニングは以上のようなモノであるが、香港・台湾で公開された広東語版はリー自らが監督して撮影されたシーンが追加されているらしい。それは、冒頭の模範試合を終えたリーが高僧と会話して「敵は幻の中にのみ存在する」という教えを受け、さらにハンは少林寺の掟に背いたので粛清せよ、と命令を受ける、というものだそうだ。そして最後にハンと対決する「鏡の部屋」の死闘でも、広東語版では鏡に惑わされたリーに高僧の声で「敵は幻の中に存在する。幻を打ち砕け!」と聞こえてきて、リーが手足の届く限りの鏡を割りまくる国際版のシーンに繋がっているそうだ。ついでにオープニングも国際版のジム・ケリーが香港の町を歩くモノではなく、リーの白黒写真と“龍争虎鬥”の四文字が踊るように現れて最後にロバート・クローズの名と共に「李小龍監督」と表示される、というものだそうだ(『ドラゴン危機一発』のオープニングに似たものか?アレほど安っぽくはないだろうけど…)。
どうも現在の日本では広東語版を観る機会には恵まれないようだ。観て〜!(補記:98年末に、高僧との対話と鏡の部屋でのワンカットを補った『燃えよドラゴン ディレクターズ・カット版』が東京国際ファンタスティック映画祭で特別上映され、私も鑑賞した。その後、ビデオも発売された)
リーが自らいくつかのシーンを撮り足した理由は、ストーリーをわかりやすくするためというよりは、同胞への受けを考慮して、というモノだったようだ。国際版では主人公は単に外国人に使われる中国版007のようであるが、広東語版では少林寺の使命という面を強調している。
それにも関わらず、中国語圏では『燃えよドラゴン』こと“龍争虎鬥”はブルース・リーの前三作に比べてヒットしなかったそうだ。監督のロバート・クローズは、武芸大会参加者に黄色い空手着を着せるなど、西洋人の視点から見た中国観に中国人たちが反発を覚えたからだろうと言っている(ロバート・クローズ著、奥田祐士訳『ブルース・リーの“燃えよドラゴン”完全ガイド』白夜書房1996年)。日本では言うまでもなく欧米同様ヒットしている。日本と中国とは、日本(および中国と)と西洋と同じくらいの距離がある。
ちなみに、この絵のリーのポーズと背景は背景は映画の場面とかなり異なっている。その辺御容赦あれ。
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