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警官が拾ってくれたタクシーでほうほうの体で集合場所のウズベキスタン・ホテルに向かった。集合時間ぎりぎりだった。このタクシーは新車の様だったが、なんせ小さくてゴーカートみたいでスピード感抜群。道路を這うような感触。
遂にこの旅も終わりです。空港で飛行機を待つ。貨物機が留まっていたが、見ているとドアを開けて、4、5メートルはあろうかという高さから荷物を下に落としていた。だから航空便は破損するのだ。
その後、機内で非常に具合が悪くなって先ず吐いて、次に下痢した。とても席に座っていられなくてトイレの前で蹲っていた。出たり入ったり。兎に角苦しくて気持ち悪くて耐え難い苦痛であった。フライトアテンダントが薬をくれたが効かなかった。ジャンプシートで苦しんでいたら幸運にも参加者の中に恐れ多くも天皇陛下様を診たと言う高名なお医者さんがいらして、脈をとって抗生物質をくださった。さすがに少し効いたがそれでも苦しくて田村さんのお世話になりました。後で聞いたら先生曰く、血圧が下がって、こりゃあやばいかなって思ったそうです。ソウルのトランジットも何とか乗り越えて、成田に到着。検疫で申告してクリニックで診てもらおうと思ったら、添乗員と皆から止められた。帰れなくなるから止めてくれと言う訳だ。そりゃあもっともだと思った。疲れた長旅で最後に味噌も付けられないので京成ライナーで我が日暮里のアパートまで何とか辿り着いた。返す返すも田村さん有り難う御座いました。先生もどうも有り難う御座いました。この場を借りてお礼申し上げます。
月曜日に早速病院で診察と検査を受けました。その後結果では白でした。以前腸炎ビブリオ菌が出た時は牡蠣に中ってひどい目に遭ったときでしたが、今回の食中毒は其の十倍の苦しみだった。苦しみも国際級だと言う訳だ。死ななくて良かった。ほんとにそれが実感です。3、4日後には下痢は止まった。1週間後には普通に戻った。仕事は1日だけ休まざるを得なかった。恐らく食中毒菌でも種類が異なり、強力な毒素を出すものだったのだろう。検査で出なかったのは、抗生物質で死滅したのか、毒素だけ口にした為だろう。私はコレラか赤痢かと真剣に思った。皆さん、海外旅行を舐めないで下さい。常に確率的ではありますが、危険を伴っています。
御静聴有り難う御座いました。此処に無事ウズベキスタンのツアーを終えられて、皆様に少しでも紹介させていただく事が出来て幸せに思います。今後両国の親善が深まる事を祈りつつ締めくくりの言葉といたします。
それでは又暫くのお暇を頂きます。次の旅行後にお遭い致しましょう。お元気で。
ホームページへ戻る。(どうもお疲れ様でした。)
追記:オレグさんの来日歓迎と田村さんのパキスタン派遣決定の壮行会を兼ねたパーティが料理研究家荻野先生宅で開かれました。日−ウズ交流も徐々に活発になって行く事でしょう。その僅かな一端でも協力させて頂けたらと思う所存です。内容に付きましては、多分間違いが多々あるかと存じますが、ご容赦ください。ご指摘があれば直します。
次は以前のようにもう少し文明国へ行きたくなりました。 |
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