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乾杯はアゼルバイジャン語で”サルガ”と言う。この餃子のでかくて薄いやつは”クタビ”という。そしてこの肉にかける赤い粉はバハブレスと言う。さらにこの赤紫蘇はレイハンで、浸けたれはプロブという。もっといっぱいお店したいのですが制約がありますので残念ながらこれで終わりになりました。
********コーカサス3国の感想*******
最後までご覧くださいましてどうもありがとうございました。
さて、それではここで反省をしてみたいと思います。最初のページのアルメニア出発する部分で課題として書き残しておいた件についてそれぞれについて回答してみましょう。以下原文より。
ようこそ,コーカサス3国の旅へ。あなたはコーカサスがどのような国だと思いますか?実は、私も全くわかりません。コーカサス美人と呼ばれる人が最も美しいそうです。白人の祖先はコーカサス地方からきたそうです。アメリカ人から聞きました。
アゼルバイジャンはソ連からの独立戦争で有名です。たしかテレビのニュースで戦車か戦っているのを見た覚えがあります。グルジアとかアルメニアに関しては全く想像がつきません。なんか広い草原の国ではないでしょうか。あるいは山が所々にある程度でしょうか。バクーは石油のパイプラインがあったような気もします。黒海、カスピ海のお近くだったと思います。社会科があまり得意ではありませんのでよくわかりませんね。私は基本的に理工系なので歴史と地理は苦手です。まあイメージだけで述べるとすると都市部はそれほど近代都市と変わりなく、地方ではかなりまだ昔の生活が残っているのではないでしょうか。でもきっとテレビがあるだろうし、パソコンもあるに違いやりません。昔では日本人が誰も行ったことがない所なんではないでしょうか。この目で確かめてきたいと思います。
お土産は何があるんでしょうね?お酒かチョレートかわからないなあ。コーカサス名物コーカサス饅頭。コーカサスで傘をさす。食べ過ぎておなかがグルジア。滅多な事はアルメニア。ご飯をバクーバクー食べる。もう後がよろしいようで。
だらだらと文章を書いていてもしょうがないので、ここで1つ設問をしておきましょう。
1 、旅行にいった価値があるかどうか。
2、楽しんでこれたか。
3、得るものがあったか。
4、治安はよかったか。
5、経済状況はどうだったか。物価はやすかったか。
6 、食べ物はおいしいかったか、口にあったか。
7 、ゆっくり寝られたか。
回答:ほとんどのホテルではバスタブにお湯を張ってゆっくりとおふろに入ることができなかった。なぜならばお湯がでなかったから。またはシャワーだけの設備てあったから。またバクーでは奇跡的にエアコンがあったのですが音がうるさくて眠れないので窓を開けると蚊がいっぱい入ってきてよく眠れなかった。だいたいのホテルでは眠れました。日本のホテルのように快適というわけではありませんでした。 グルジアのホテルのシャワーでひとつ驚いたことがあります。シャワーの蛇口の元のところに、ヒーターがついているらしくて直接加熱しているようでした。水量が足らなくて寒い思いをした。きっと感電して死んだ人がいるに違いない。日本じゃちょっと発想できない製品です。
8 、人々の暮らしは豊かだったかどうか。
9、もう 1度行きたいか。
10、女性はきれいだったかどうか。
11 、ストレスは解消できたか。
12 、金はどのぐらい使ったか。
13、1番楽しかったことを述べよ。
回答:バクーの野外レストランでツアーメンバーのお父さんたちと猿が木に上った、猿が滑ったとワインを酌み交わしたこと。”さるが”というのは現地語で乾杯の意味だそうです。ウェイターに聞いてみました。お父さんが駄洒落を言ってみんなを楽しませてくれました。トビリシ郊外のレストランでウエイトレスが突然私にキスをしてくれたこと。バラの花もくれました。住所も教えてくれました。ツアーメンバーのお父さんが何故、俺にはくれないんだと言って怒っていた。ははははは。
14 、1番困ったことを述べよ。
回答:トイレ。トイレのドアがなかった。野外トイレ。ドライブインはなく、男性女性ともに野外トイレてあった。道路端にパスを止めてみ右側男性、左側女性というふうにして要を足したある。それとホテルのトイレットペーパーが非常に硬かった。面の皮は厚い方だと思いますがお尻の穴の皮は薄くて痔になりそうでした。
15、1番びっくりしたことは。
回答:スターリンがグルジア出身者であったということ。すでにこの各国ではロシアとの関係はもうあまり良くないようであった。どちらかというと無理やり統合されていた国なのだろう。最近の新聞の記事によるとグルジアはNATOへの加盟を希望しているそうです急速に西側資本主義社会への移行が行われているようです。スターリン博物館で女性の解説を聞きましたが内側から見るとこの様のようになるのかと感心した。彼も若いときには立派な志しがあったようです。ある意味では彼も社会の利益を代表していたのでしょう。理想は立派であったが現実が伴っていなかったものでしょう。アイデアは素晴らしかったがシステムに欠陥があったのだと思います。共産主義の素晴らしいところもたくさんあるのですか官僚主義がはびこりついに社会の利益がえられなくなってしまったのでしょう。その結果ついにソビエト連邦は崩壊してしまった。もともと広すぎたと思います。しかしヨーロッパやアメリカからの侵略を防いだということでは意味があったのではないでしょうか。もしスターリンが日本のことをよく知っていて友達があったとすれば事情は変わっていたでしょう。今日このように私個人がこのグルジアを訪れて直接人々と話をしたり食べ物を食べたりしましたがこのようにお互いに理解をしあえればば戦争は回避できるでしょう。お互いによく知り合うということが大切です。今後日本もこのグルジアや旧共産圏の国々と外交を活発に展開してほしいと思います。また私のこの粗末なホームページを通してこの国々に対する理解が少しでも深まることがあればうれしいと思います。それからこれは余談ですが、グルジアでバスに乗っているとあっちこっちに芥子と思われる花がいっぱい自生していました。ガイドに聞くとやはりそれは芥子だと言っていました。多分日本語訳が間違っているかあるいは種類が違うのだと思います。花は少し小さめで赤くて大変にきれいでした。そういえばアルメニアのレストランの朝食に芥子でトッピングされたケーキが出ていた。日本のあんぱん100人分ぐらいの分芥子が使われていた。変わった味であまり美味しいとはいえなかった。
追伸:現在某旅行社からはリンクの許可を得られておりませんので興味のある方は私まで直接E−mailをください。但し、迷惑にならないようにチケット購入またはパッケージ旅行への参加の意思のある方のみお願いします。このホームページへの感想やご意見でしたら喜んでいつでもお便りください。
See You Until Next Trip !!!
1999年7月吉日 HF
追伸:ベランダのプランタに蒔いた種はこのあつい夏で結局きゅうりと蕪だけになってしまった。どうやら日本で栽培するのは難しい様だ。未だに胡瓜の実はならない。花がようやく咲き始めた。
旅行後にこのホームページを書き始めて、結局今日9月の初めまで約3ヶ月を要した。想像以上に手間と暇と意欲が要求された。これが仕事だとすると相当な金額となるだろう。単なる自己満足の世界なので果たして価値のある事なのだろうかと疑問である。しかし、他にはめぼしいホームページも無く、少しでも他の人に気軽に手軽に各国を紹介したいと思い、最後まで作り上げました。折角、高いお金を出して、パソコンを買ったからには何か楽しい事があるべきですよね。たまたま、縁があって海外旅行が出来たので、自分一人の知識にしないでより多くの人たちに紹介するのは悪い事では無いと思います。三省堂に行って、本を探してみると何千円もして、たいした中身も無い物もあります。それなら、是非このホームページをご覧ください。間違いなく、どの写真集より中身があります。実際にその国へ行ってみてから本を読んでみるとその価値が分かります。適当にお茶を濁しているものがおおいです。皆知らないかと思って、適当な事が書いてあります。現在では手軽に海外旅行へ行けるようになりましたから、彼らの犯罪的行為は明らかになる事でしょう。
間違いや、誤字、脱字はご容赦ください。分かっておりますが、修正には膨大な労力を要しますのでご勘弁を。当初思った半分もかききれませんでしたが、雰囲気だけでもつたわれば満足したいと思います。個人の力は所詮この程度だと思います。サラリーマンの限界です。
1999年9月6日 H.F 東京都荒川区在住
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