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乾杯はアゼルバイジャン語で”サルガ”と言う。この餃子のでかくて薄いやつは”クタビ”という。そしてこの肉にかける赤い粉はバハブレスと言う。さらにこの赤紫蘇はレイハンで、浸けたれはプロブという。もっといっぱいお店したいのですが制約がありますので残念ながらこれで終わりになりました。

********コーカサス3国の感想*******

最後までご覧くださいましてどうもありがとうございました。

さて、それではここで反省をしてみたいと思います。最初のページのアルメニア出発する部分で課題として書き残しておいた件についてそれぞれについて回答してみましょう。以下原文より。

ようこそ,コーカサス3国の旅へ。あなたはコーカサスがどのような国だと思いますか?実は、私も全くわかりません。コーカサス美人と呼ばれる人が最も美しいそうです。白人の祖先はコーカサス地方からきたそうです。アメリカ人から聞きました。

回答:文明の間にある国々であった。女性は本当に本当にきれいだった。

今私は、出発の前日にこの文を書いています。ですから、このホームページをご覧になっている方と同じです。それでは、出発前にいろいろと想像してみましょう。女性はきれいだと聞きました。帰国後にそれが本当だったかどうか書きたいと思います。日本と比べてどこがどのように変わっているのでしょうか?ヨーロッパのようなまたアジアのようなちょうど中間のような国ではないでしょうか。

回答:どちらかというとを中東に近いような気もしました。少し気候としては暑い場所のようでさほどを人々が勤勉であるという印象はなかった。

日本ではあまりなじみがありません。ちょっと想像がつきかねます。あまりテレビなどで見たことはありませんし、まあ正直に言って関心もそれほどありません。でもまあ世界地図の上には国名とか都市の名前が書いてあるわけですからいろんな人が住んでいるのでしょう。地図を眺めてそこにどのような人が住んでいるのかを想像し、実際に行ってみるとずいぶん違うものです。きっと、メディアなどの偏った情報がそのようなイメージを抱かせるのでしょう。日本ではまだ人力車が走り、ちょんまげを結っていると思っている国の人もあるかもしれません。帰国後に正直な私の感想を述べたいと思います。

感想:確かにこれといって特に珍しいということもなかった。もちろんそれに関しては珍しいことはありました。人口密度が低いのではないでしょうか。これからインターネットなどの情報伝達手段が発達してくるとかなり産業などが発達するのではないでしょうか。今回のツアーメンバーの中に三井物産の人がいた。おそらくは市場調査なのではないだろうか。その方の話では各国をいたるところへ調査へ行くそうです。プロジェクトの採算が合うかどうか現地に行ってこと細かく調べるそうです。今回まわった国々では人口の関係とか通貨のれーとなどの関係でおそらく採算などは合わないらしい。ただし私がこの目で見たものに大通りにはすでに日本企業の看板があった。どこにでも日本の企業はすでに行っているようでした。

アゼルバイジャンはソ連からの独立戦争で有名です。たしかテレビのニュースで戦車か戦っているのを見た覚えがあります。グルジアとかアルメニアに関しては全く想像がつきません。なんか広い草原の国ではないでしょうか。あるいは山が所々にある程度でしょうか。バクーは石油のパイプラインがあったような気もします。黒海、カスピ海のお近くだったと思います。社会科があまり得意ではありませんのでよくわかりませんね。私は基本的に理工系なので歴史と地理は苦手です。まあイメージだけで述べるとすると都市部はそれほど近代都市と変わりなく、地方ではかなりまだ昔の生活が残っているのではないでしょうか。でもきっとテレビがあるだろうし、パソコンもあるに違いやりません。昔では日本人が誰も行ったことがない所なんではないでしょうか。この目で確かめてきたいと思います。

回答:アルメニアは乾燥した荒れ地の国であった。グルジアは緑豊かな美しい国であった。アゼルバイジャンはほとんど中東であった。女の人はアルメニアが1番きれいであった。人々は媚を売り親しみやすい印象を受けた。アゼルバイジャンでは人々はあまり親しみやすくなかった。人にこびを売る必要はないのであろう。土地が豊かで食べるにはおそらく困らないのではないだろうか。回りの国の人々はきっと羨ましがっているに違いない。事実アルメニアとは戦争を起こしているらしい。仲が悪いそうである。アゼルバイジャンでは石油の産出量が近年減っておりロシアが手放したのも当然であるらしい。北朝鮮に似た独裁主義国家に近いらしい。大統領の写真がいたるところに飾ってあった。乾燥した国の印象を受けた。

お土産は何があるんでしょうね?お酒かチョレートかわからないなあ。コーカサス名物コーカサス饅頭。コーカサスで傘をさす。食べ過ぎておなかがグルジア。滅多な事はアルメニア。ご飯をバクーバクー食べる。もう後がよろしいようで。

回答:アルメニアはコニャックが有名である。おみやげに買ってて帰ったがその香りは大変に素晴らしかった。恐らく世界一最高ではないだろうか。グルジアではワインが有名なので買って帰った。アゼルバイジャンでは特に顔ものがなかったのでスーパーマーケット、チョコレートを買った。また、薬草が気にいったので現地ガイドなどに頼んで種屋さんに連れて行ってもらって、種を買って帰った。今ベランダのプランターでスクスクと育っています。ようこそ日本に。土と水はいかがですか?

だらだらと文章を書いていてもしょうがないので、ここで1つ設問をしておきましょう。

1 、旅行にいった価値があるかどうか。

回答:十分ありました。また行ってみたいと思います。

2、楽しんでこれたか。

回答:ええ、もちろん。大変勉強になりました。

3、得るものがあったか。

回答:視野が広がりました。これこそ海外旅行の醍醐味ってやつでしょうか。海外旅行は無駄遣いだという人もいますが私はそうは思いません。お金には代えら れない何かを受けたような気がします。

4、治安はよかったか。

回答:グループで回る分には問題はなかった。国境付近ではやはり恐かった。個人では行かないほうがいいのではないだろうか。また、役人の腐敗は事実だったと思う。目の前でわいろを受け取っていた。警察も日本のような警察ではなかった。ビザの問題などは面倒くさいようだ。ロシア語が話せない人はやめたほうがいいと思う。英語は全く通じなかった。ロシア人ガイドでも役人にはてこずっていた。個人旅行はやめたほうがいいだろう。バックパーカーは覚悟していってください。仕事のない人には大丈夫でしょう。お勤めのある人はやめておきましょう。いつ帰れるかわかりません。

5、経済状況はどうだったか。物価はやすかったか。

回答:アルメニアとをグルジアでは物価は大変安かった。10ドルとか20ドル分を使うのが大変でした。アゼルバイジャンではすでに先進国とを同じような物価でした。但し、物価と生活は関係がなく物価が安いから貧しいとは全くいえないと思う。

6 、食べ物はおいしいかったか、口にあったか。

回答:はじめのうちはなかなか食べられなかったが、2、3日してくると慣れてきておいしく食べられるようになりました。特徴的であったのは薬草類であった。日本のねぎに似たものとかパセり、大葉の類があった。旅行中だいたい私はおなかの調子が悪くなることが多いのですが、今回はなかなかこのを薬草類のおかげで調子がよかったようです。食物繊維というのは本当に大切だなあと実感できた。このコーカサス地方というのは長寿者が多いことで有名です。長寿料理というのは薬草類とヨーグルトそれにナンに似たパンの組み合わせだそうです。ししかばぶーににた料理もあってこれはバーベキューです。脂がほとんど落ちてしまうので体に良さそうでした。但し結構固くて歯がいたくなりました。今回薬草類の種は購入して帰ってきたので現在ベランダのプランターで育成中です。日本でも薬草類を食べて長寿になろう!!

7 、ゆっくり寝られたか。

回答:ほとんどのホテルではバスタブにお湯を張ってゆっくりとおふろに入ることができなかった。なぜならばお湯がでなかったから。またはシャワーだけの設備てあったから。またバクーでは奇跡的にエアコンがあったのですが音がうるさくて眠れないので窓を開けると蚊がいっぱい入ってきてよく眠れなかった。だいたいのホテルでは眠れました。日本のホテルのように快適というわけではありませんでした。 グルジアのホテルのシャワーでひとつ驚いたことがあります。シャワーの蛇口の元のところに、ヒーターがついているらしくて直接加熱しているようでした。水量が足らなくて寒い思いをした。きっと感電して死んだ人がいるに違いない。日本じゃちょっと発想できない製品です。

8 、人々の暮らしは豊かだったかどうか。

回答:これは大変難しい質問だと思います。グルジアでは豊かだあったと思います。なんとも言えませんね。のんびり暮らすかあるいは日本のように忙しく働くか稼ぐかそれともそこそこで暮らすか。全体的にはのんびりしてたような気がします。

9、もう 1度行きたいか。

回答:ええもう1度行きたいと思います。アルメニア美人と結婚して永住したいです。皆さんとお会いする時には現地ガイドでお会いしたいですね。

10、女性はきれいだったかどうか。

回答:アルメニアでは本当にきれいだった。肌の色が白い人と黒い人がいて白い人は本当に透き通るような白さで彫りの深い顔立ちであった。日本人にとっては本当に美人に見えた。ヨーロッパ人にはない美しさだ。

11 、ストレスは解消できたか。

回答:ある意味では解消できた。ある意味ではストレスが逆にたまった。全体としては楽しかったので解消できたと思う。

12 、金はどのぐらい使ったか。

回答:成田の空港で1,200 US$換金した。持って帰ってきたのがだいたい780 US$であった。420 USドル使ったと思うけれどもビザ代がそれぞれ30 USドルずつぐらいであったので残りの330ドル。コニャックで30ドルぐらいワインで10ドルくらい。残る290ドル。ビデオ撮影料10ドルぐらい。おみやげのチョコレート代数十ドル。だいたい200ドルぐらい。実際にはもう少しいい少なかったような気がする。最初の2カ国ではおそらく10ドルとか20ドルを単位でしか使えなかったような気がする。詳しくメモを取っていないのでよくわかりません。何に使ったのかなぁ?印象としてはビザ代がやたら高かった。

13、1番楽しかったことを述べよ。

回答:バクーの野外レストランでツアーメンバーのお父さんたちと猿が木に上った、猿が滑ったとワインを酌み交わしたこと。”さるが”というのは現地語で乾杯の意味だそうです。ウェイターに聞いてみました。お父さんが駄洒落を言ってみんなを楽しませてくれました。トビリシ郊外のレストランでウエイトレスが突然私にキスをしてくれたこと。バラの花もくれました。住所も教えてくれました。ツアーメンバーのお父さんが何故、俺にはくれないんだと言って怒っていた。ははははは。

14 、1番困ったことを述べよ。

回答:トイレ。トイレのドアがなかった。野外トイレ。ドライブインはなく、男性女性ともに野外トイレてあった。道路端にパスを止めてみ右側男性、左側女性というふうにして要を足したある。それとホテルのトイレットペーパーが非常に硬かった。面の皮は厚い方だと思いますがお尻の穴の皮は薄くて痔になりそうでした。

15、1番びっくりしたことは。

回答:スターリンがグルジア出身者であったということ。すでにこの各国ではロシアとの関係はもうあまり良くないようであった。どちらかというと無理やり統合されていた国なのだろう。最近の新聞の記事によるとグルジアはNATOへの加盟を希望しているそうです急速に西側資本主義社会への移行が行われているようです。スターリン博物館で女性の解説を聞きましたが内側から見るとこの様のようになるのかと感心した。彼も若いときには立派な志しがあったようです。ある意味では彼も社会の利益を代表していたのでしょう。理想は立派であったが現実が伴っていなかったものでしょう。アイデアは素晴らしかったがシステムに欠陥があったのだと思います。共産主義の素晴らしいところもたくさんあるのですか官僚主義がはびこりついに社会の利益がえられなくなってしまったのでしょう。その結果ついにソビエト連邦は崩壊してしまった。もともと広すぎたと思います。しかしヨーロッパやアメリカからの侵略を防いだということでは意味があったのではないでしょうか。もしスターリンが日本のことをよく知っていて友達があったとすれば事情は変わっていたでしょう。今日このように私個人がこのグルジアを訪れて直接人々と話をしたり食べ物を食べたりしましたがこのようにお互いに理解をしあえればば戦争は回避できるでしょう。お互いによく知り合うということが大切です。今後日本もこのグルジアや旧共産圏の国々と外交を活発に展開してほしいと思います。また私のこの粗末なホームページを通してこの国々に対する理解が少しでも深まることがあればうれしいと思います。それからこれは余談ですが、グルジアでバスに乗っているとあっちこっちに芥子と思われる花がいっぱい自生していました。ガイドに聞くとやはりそれは芥子だと言っていました。多分日本語訳が間違っているかあるいは種類が違うのだと思います。花は少し小さめで赤くて大変にきれいでした。そういえばアルメニアのレストランの朝食に芥子でトッピングされたケーキが出ていた。日本のあんぱん100人分ぐらいの分芥子が使われていた。変わった味であまり美味しいとはいえなかった。

なお、この旅行は某旅行社のパッケージツアーに参加したもので、細かい旅行のテクニックや情報などに関しては直接旅行会社などへお問い合わせください。私はバックパッカーではありませんので旅のチップなどはお答えできません。あくまでも娯楽としてご覧ください。ご感想やご意見をお聞かせ下さると大変うれしく思います。お待ちしております。

追伸:現在某旅行社からはリンクの許可を得られておりませんので興味のある方は私まで直接E−mailをください。但し、迷惑にならないようにチケット購入またはパッケージ旅行への参加の意思のある方のみお願いします。このホームページへの感想やご意見でしたら喜んでいつでもお便りください。

See You Until Next Trip !!!

1999年7月吉日 HF

追伸:ベランダのプランタに蒔いた種はこのあつい夏で結局きゅうりと蕪だけになってしまった。どうやら日本で栽培するのは難しい様だ。未だに胡瓜の実はならない。花がようやく咲き始めた。

旅行後にこのホームページを書き始めて、結局今日9月の初めまで約3ヶ月を要した。想像以上に手間と暇と意欲が要求された。これが仕事だとすると相当な金額となるだろう。単なる自己満足の世界なので果たして価値のある事なのだろうかと疑問である。しかし、他にはめぼしいホームページも無く、少しでも他の人に気軽に手軽に各国を紹介したいと思い、最後まで作り上げました。折角、高いお金を出して、パソコンを買ったからには何か楽しい事があるべきですよね。たまたま、縁があって海外旅行が出来たので、自分一人の知識にしないでより多くの人たちに紹介するのは悪い事では無いと思います。三省堂に行って、本を探してみると何千円もして、たいした中身も無い物もあります。それなら、是非このホームページをご覧ください。間違いなく、どの写真集より中身があります。実際にその国へ行ってみてから本を読んでみるとその価値が分かります。適当にお茶を濁しているものがおおいです。皆知らないかと思って、適当な事が書いてあります。現在では手軽に海外旅行へ行けるようになりましたから、彼らの犯罪的行為は明らかになる事でしょう。

間違いや、誤字、脱字はご容赦ください。分かっておりますが、修正には膨大な労力を要しますのでご勘弁を。当初思った半分もかききれませんでしたが、雰囲気だけでもつたわれば満足したいと思います。個人の力は所詮この程度だと思います。サラリーマンの限界です。

1999年9月6日 H.F 東京都荒川区在住

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