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すべての建物の窓はメッカへ向いている。何故なら人々が仕事をするときには窓へ向かって行ったためその精神をもらう為。この建物の横には小さな教会があったが19世紀に焼失した。王が来た時には教会を壊さないで修道者を呼んでその教会の中で1日中お祈りをさせた。王はその修道者を尊敬していたので彼が亡くなったときに教会の地下に墓を作った。記念としてこの建物が建てられた。その修道者は王の5人の子供の先生であった。彼の名前はセーデエバクリー?(たしかにそう発音していた)と言って、現在では百科辞典にも載っているそうだ。エバクリーというのはバクーからの人という意味です。

そこに見えている建物の屋根はイスラムの伝統と異なっている。なぜならその修道者の帽子の形に似せたからである。位が高くなって行くと帽子の面の数が多くなって行く。また陳列されている石は地震で沈んだ13世紀の建物のものでカスピ海から引き揚げられたものである。もともとこの辺はゾロアスター教であったが13世紀になってイスラム教がやってきたのでゾロアスター教の像もありイスラム教の像もある。

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