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峠で道路工事に出会ってしまった。ツアーメンバーのおばさんが手を振ると、作業員が投げキッスで愛きょうたっぷりに答えてくれた。やるじゃん。

途中また街を通過したがその町は銅を多く産出したそうです。下の画像は銅の精練工場跡です。工場は革命以前からあった。昔そこはフランス人個人の所有てあった。フランスの前の大統領は此処で生まれた。彼の両親はここで働いていた。ソ連時代には国営となり大規模になり多くの銅を産出した。けれども大気汚染の原因となり現在ではその活動を停止した。

その工場跡の規模たるや、想像を絶する大きさです。ソ連の底力というのはこの辺にあったんですねぇ。個人企業ではあり得ない規模です。豊かな資源を中央へ持っていき全体に分配したのだと思います。ある意味で言えばソ連邦全体の国益にはかなっていたのかもしれません。弱肉強食の資本主義社会よりは良い1面があったかもしれません。現在の日本はすっかりアメリカの植民地になり果てた感があります。国益をすっかりとアメリカに吸いあげられているような節があります。少しロシアと手を組んで、バランスの上に乗るのが良いのではないかでしょうか。ロシアの兵器は国家規模で開発されたものなのでアメリカのような1企業によってで開発されてた安物では無いので性能はけた違いに良い。アメリカは宣伝が上手なのでいかにもハイテクのように聞こえるが実際は基本性能が劣るような気がします。今回のユーゴ空爆でもロシアの防空システムが十分機能しました。アメリカのステルス機は、宣伝ほど性能はよくないようた。第3国はロシアの兵器に非常に興味があるようです。アメリカに利益を吸いとられないように気をつけているのでしょう。ここらで日本も独立を果たすべきかもしれません。

途中12世紀に作られた橋もあった。現役だそうです。ロープウェイもあった。町は極々普通のまち。なんだかんだ言って国境へ到着した。手続き終了後橋を渡ってグルジア領へ入った。結構時間はかかった。警備隊は銃を持っていたので少し怖かった。バスを乗り換えた。メルセデス・ベンツのバスからブルガリア製のバスになった。これがまた結構ボロかった。古いパスであった。帰りにモスクワ空港でわずか10分程を空港間の移動に使ったバスがこれまた上等のばすであったが、皆、口をそろえてこれを使ってくれればなあと残念がった。世の中そうは甘くない。とほほほ。

まあそんなわけで色々と書き残したこともあるんですけどこの辺でアルメニアを終わります。御静聴ありがとうございました。

グルジアへと旅を続ける。

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