アナログシステム研究所 (NEWS RELEASE 4005)

 

 

 #4005 3の1 日本の独立性を取り戻す

 

 

 

外貨準備高の意味

 

 日本が持っているドル建て資産を外貨準備と呼びます。外貨準備高は他の各種資産を含むその総額のことです。貿易などの国際的な取引で必要となる外貨、つまり機軸通貨であるドルをどれだけ確保しているかという担保能力を指し示す言葉でした。変動相場制下で円高が続いている現在の日本では、外貨準備というその本来の意味がなくなっています。円の実力が向上したためです。支払いに充てるためのドルが不足するようなことは、およそ考えられません。貿易相手国からドルでの決済を求められても、円が高くなっているためドルは有利な条件で、いつでも自在に調達することができるようになりました。大量のドルを抱え込んでいる必要など、まったくなくなってしまったのでした。日本が必要とする以上のドルが既に手許にあるだけでなく、いつでも市場で簡単に調達することができるからです。

 

 輸出比率の高い国である日本には、ドルという通貨が集まりやすくなっているのです。円高になっている段階では、ドルから円に戻すことはできません。ドルの価値が目減りしてしまうことになるからです。円高基調の市場では円に換え急ぐと損失になるため、ドルのまま抱え込まざるを得ないのです。そこで為替予約をして予め利益を確定させておくことが一般的な方法になりました。為替予約をしておかないと、円高が続く限り資産を日本の通貨にして回収することができません。その状況に陥るのを避けるため、円高が進むと政策介入を行って円を売り、ドルを買って外貨準備高を積み上げて円安状態を誘導するよう演出してきたのでした。

 

 円安にならないと、日本の輸出産業の利益が吹き飛んでしまいます。日本の産業構造における輸出比率が際立って高くなっていることから、輸出入のバランスがわるくなっています。輸入産業が相対的に小さくなっているため、貿易黒字が年々積み重なるような構造になっていたのです。為替介入は輸出産業の利益を守る役割を果していますが、同時に輸入産業の利益を圧迫する働きもしていたのです。このバランスが崩れていたため日本には利益だけが集まるようになり、どこか遠いよその国では赤字だけが貯まるようになってしまっていたのでした。即効性のある対策の一つとして円高にする、という方法がありました。円高が輸出産業の利益を抑制すれば、輸出の全体量が低下して貿易収支が改善することになるからです。

 

 日本政府にとっては輸出産業の利益を守るという義務があったため、必要のないドルであってもそれを大量に買って円安に戻さなければなりませんでした。一方ドルを供給する方の国には、一部の市場で需要が消えたドルの行く先を新たに確保しなければならなくなっていたのです。余ってでたドルを有効利用するには、日本ほど最適な市場は他にありませんでした。ドルの過剰流動性が潜在化し、貿易赤字を減らして国債まで売ることができるようになったのです。このため一石三鳥の効果が実現することになりました。日本が得たものは財政の悪化と資本の空洞化、そして貿易黒字の縮小と過剰な円高が齎した経済成長率の減少、不況による企業の倒産件数の増加などの諸結果でした。対策のとり方次第でこのように正反対の相違がでることになったのです。

 

 円高が続く状態では企業がもっているドル資産を円転することができないため、ドルを売らなければならない立場でありながら、使う当てのないドルを買い増して円の価値を落とさなければなりませんでした。買われる円の量が一定の制限値を超えている限り、円を売り続けてドルの価値を高めてやらなければならないのです。通貨として使われることのないこの種のドルのことを、今では外貨準備と呼ぶようになりました。常に変動する通貨相互間の価値を、この措置をとることによってある程度安定なものにすることができたのです。このようにして為替のダイナミズムによる平衡状態が保たれていることを、見えざる手という古典的な表現で説明するケースがあるようです。実体が見えるようになると、それがよく配慮されたカウンターパンチであったことが分かるでしょう。定量分析は数値化された結果を前提として数式を組み立てるものであるため、数値化できないものや常に変化する要素の動態観測には対応することができないのです。

 

 減価することが分かっている外貨準備を処分することは、国の損失が確定することになるためできません。円高が高進する状況下では、ドルがどんなに貯まっていたとしても自由に市場へ投入することは不可能なのです。このような訳で円高が続く限り問題の解決を先送りせざるを得なかったのでした。このために外貨準備がこれほどまでに積みあがってしまったのです。円安になるのを待つしか他に方法がないと思われていたようです。そこで米国債という証券を大量に買って長期戦に備えるようになったのだろうと思われました。しかしこの証券類をいざ売却するとなると、アメリカの金利を上昇させてしまうことにもなってしまうのです。仮に売却できたとしても、ドルを円に戻す段階でかつて回避したはずの円高が再現されてしまうことになるのでした。このような事情があったために国家予算に等しい規模の国民の財産が、アメリカの国債となってかの国の財政を長く支援し続けることになったのです。日本には財政赤字が増えただけでなく、資本の長期に亘る不在という状態が同時に生みだされるようになりました。

 

 

外貨が溜まる一方なのは

 

 ドルを新規に購入することはそのまま円安を実現するということなのですが、日本が買っていたドルを証券へと換えてしまっていたため、円が安くなっても元に戻すことができなくなっていたのです。つまり、円を安くしてドルの価値を上げた段階で即座に外貨準備を取り崩していたら、高かった円をドルを介して安くなった円へと小刻みに反転させるようなことができていたはずです。円を売り込んでドルを買い増すための資金は外貨準備以外にも十分に用意されています。郵貯も簡保も資本として使える巨大な資産になっています。社会保険・厚生年金などの資金も円安誘導に運用して利益を確保することが十分可能だったのです。日米間の金利差を比べてみるだけでも、日本の劣勢は明らかでしょう。日本は未曾有の低金利をもっと積極的に活かすべきだと思います。円高が不利であるのは輸出産業に対してだけ当て嵌まることです。ドル安になっているのなら、証券以外の分野へ向けた積極投資で日本を再生させる方法はあったのです。

 

 総合力を抽き出して円安状態を繰り返し実現すれば、ドル資産を平穏裡に売却して資本と利潤とを何度も確実に回収することができる環境が整います。そのためにはフリーハンドが得られる民営化を進める必要がありました。郵政の民営化だけしかみていない短絡的な構造改革案では、ムダが多くなって効率が却って下がることから、結果として国民の資産を損失に変えてしまうことになりかねません。一度で済むプロセスを何度も繰り返すことになるからです。安全確実に国民の資産を増やすためには、一斉に民営化して最大効率を実現するための自助努力をすることが必要になるだろうと思われました。

 

 ドル資産を長期間大量に保有しなければならない証券化という現在の仕組みが、日本の財政を悪化させているだけでなく、供給過剰となったドル売りに伴う円高圧力を常に日本へと与えることになっていたのです。貿易黒字国で発生するドル安は、アメリカにとって明らかなメリットになっています。しかし円高は日本にとってデメリット以外のなにものでもありません。アメリカの貿易赤字を減らして尚償還する必要のない国債が大量に売れる状況というのは、ブッシュ政権にとってドルの現金収入を増やす頗る良好な結果をアメリカへともたらすことになっています。

 

 日本にはこの外貨準備が国家予算に匹敵するほど大量に貯まっているのです。何故こんなに大量の資本を眠らせていたのかについて、これまで簡単にみてきました。問題が那辺にあったのかを、ここまで読み進んでこられた皆さんにはよく理解されていることと思います。財政赤字の集計値には、この米国債を買うために発行された財務省発行の短期証券が含まれています。円高の更新を阻止することでアメリカに自由に使える資金を大量に供与しただけでなく、利潤と元本とが循環しようとする流れのダイナミズムを自ら断ち切って、国家予算規模の資本の空洞化さえ引き起こしていたということなのです。

 

 経済的に豊かになった今の日本には、大量の外貨を予め備蓄しておくという必要性は既になくなっています。ドルという通貨での決済が前提とされている輸入取引では、必要なドルをその都度市場で買えばそれで済んでしまうことなのです。ドルを買うには円を売らなければなりません。円を売るという行為そのものが円安に繋がることはご承知の通りです。十分な外貨準備高を維持しているにも係らず、輸出産業の利益を守る目的で更にこれを充実させてきたために、日本経済にとって有害な財政赤字の高進と円高を自らの手で実現してしまう、という裏腹な結果を生み出していたのでした。円買いに対して円を売るという方法だけで対応してきたために、安心してドルを売って円が買えるという利他的な状況を与えていたということになるでしょう。

 

 

外貨準備は有害で不必要

 

 政府日銀が自分で自分の首を絞めている、その滑稽な姿が見えてきたでしょうか? 問題はそれだけではありません。アメリカに自由に使えるキャッシュを差し上げていた、ということでもあったのです。正しくは貸付債権と呼ぶべきものではありますが、償還期限があっても無きに等しいものになっているため、実質的に差し上げたのと同じ経過になっていたのです。何故なら、ドル資産を日本に戻すということは、ドル建ての債権を売って新たに円という通貨を買うということなので、当初回避したはずの円高を改めて再現してしまうことになるからです。利率がどんなに高いものであったとしても日本に還流してくることができなければ、あらゆる在外資産には名目上の価値しかありません。外貨準備高に表れている数値の巨大さが、その事実をいみじくも証明することになりました。

 

 外貨準備の保有形態はその90%程度が証券(殆どが国債です)という形の資産になっています。資産として保有しているこの米国債を大量に売れば(円高になるので実際には売れないのですが)、アメリカの長期金利は相応に上がってしまうことになるでしょう。需要より供給量が優っていれば、買い手市場となって減価せざるを得ないからです。国債の場合は利率の上昇という結果となるため、長期金利があがるという随伴現象が顕在化するという訳です。つまり、インフレの直接的な原因になってしまう可能性が高くなるのです。金利が上がるとその金利差に目をつけたファンドなどからのドル買い圧力が生じるだけでなく、企業の収益を圧迫することから株価を押し下げて景気を冷やすという結果になるのでした。ゆるやかなインフレはアメリカのまさしく望むところではありますが、制御できないインフレにまで成長する可能性も秘められていることなのでした。

 

 想定外の金融引き締めはインフレと不況の種が同時に発生する、ということになる訳ですからアメリカにとっては一大事です。FRBが小刻みな金利調整で慎重に臨んでいるのは、一歩間違えば大ごとになることをよく承知しているからだろうと思われます。日本はしかし、資金の出し手というこの立場の優位性を、今まで少しも活用したことがありませんでした。アメリカにとっては理想的な債権者として振舞っていたのです。意味もなく・・・ 
 コレこそが経済官僚のトップが呆けていたその証拠です。そのため日本は円高になるたびに、米国債を無条件で購入せざるを得なくなっていたのでした。

 

 金利が上がって企業収益が悪化すれば、アメリカの税収も連動して低下してしまうことになるでしょう。金利負担も嵩むし、新発国債の利率も上昇するので国債費全般に影響が及ぶようになるからです。そのため赤字国債を増発せざるを得なくなり、財政赤字を積み増してますます自らの立場を苦しくしただけでなく、対外的な信用まで低下させて海外からの投資意欲を遠ざけるということになってゆくのです。(公定歩合が最低のレベルに永く貼りついているその違いを除けば、現在の日本の姿そのものに等しいでしょう。日本のおかれているこの状況がどれほど異常なものなのか、この政策金利に至った経緯からも容易に窺い知ることができるように思います)

 

 このようなマイナスの結果になるため、アメリカは日本が米国債を売ることには同意することができません。またドル売りが円高となるため、換金されないことをよく承知しているのです。逆にみるなら日本はそれだけ国民に犠牲を強いてきた、ということになるでしょう。一面だけを見たのでは、裏面に書かれている別の意味を知ることはできません。日本が為替介入を行って大量の米国債を買うということは、日本の財政赤字を増やして資本をアメリカに移転させるだけでなく、国内市場に資本の循環を引き込めなくするという空洞化を促進する行為になっていたのでした。この相関を繰り返し説明しているのは、投資スタンスをシフトするだけで状況を反転することができるようになる、一発逆転の可能性があることをお伝えしたかったからです。

 

 

外貨準備を縮小すれば

  

 円高になり勝ちなのは、日本が外貨準備を取り崩していなかったことが最大の内部要因だったように思われます。ドルを売ることができない日本がドルを売る側にまわれば、ますます円高になるだけだからです。日本がドルを買わざるを得ないことを世界中が知っていたのでした。外部要因としては、EU域内でドルのシェアが下がったことが挙げられます。行き場のなくなったドルが、日本へと集中したもののように推測されるのです。機軸通貨としてのドルは、需要がある限り供給され続けていなければなりません。そのため何らかの理由で需要が突然減ったような場合には、大量に余ってしまうことになるのでした。ユーロという通貨が正式に誕生することを決めたのが、その予期しない結果を引き寄せることになりました。95年12月のことでした。市場はこの情報を先取りして、四月に動いていたのでした。一部のファンドが先走ったために、五月雨式に後追いの円高が短期間で進んだものとみられます。

 

 EU市場で余ってでたドルが日本市場へ一斉に向かったために、理解不能な円高が生まれていたということなのです。この経緯を観測していた専門家が日本には誰一人として存在していなかったのです。当局者が状況を理解することができずにいたために、金利調節と為替介入という方法でしか対応することができなかったようでした。この事実が、外貨準備を積み重ねて日本に長期的な低金利を強要することになってゆくのでした。問題を知らなければ解を引き出すことはできません。ドルが機軸通貨である以上、余剰となったドルを吸収できる市場は日本にしかないのです。

(中国はドルペッグ制が敷かれています。ドルと元の価値は同等であることが保たれています。ドルが上がれば元も上がるため、中国側の外貨準備高は増加するものの、吸収させたドルが等価交換状態で還流する可能性が生まれることになるのです。為替差によるダイナミズムが得られるのは、要するに日本の市場しかなかったのでした)

 このような背景から生まれてきた現在の長期的な円高は、EUが拡大することになるためこれからも引き続き再現されることになるでしょう。ドルの通貨価値を支えていたのは、要するにこの日本の市場だったということになるのです。このメカニズムが理解されていないため、日本はいつまでたっても円高の脅威に晒されていなければならないのです。この状況から脱するには、問題の所在に早く気づかなければなりません。アメリカのシンクタンクの中には、あと30%程度円を切り上げる必要があることを指摘しているところさえあるのです。

 

 日本が必要とするドルなどは、手持ちの円を売って調達すればそれで済んでしまう程度のことでした。輸出超過の状態ではドルを売る必要はあっても、ドルを買うという必要はなくなっていたのです。このような環境下で円が急速に買われていたのは円の需要が上がったからではなく、どこかで余ってでたドルが一斉に日本の市場で売られたためだと考えざるを得ないのです。わざわざドルを売ってその通貨価値を自ら引き下げなければならないという理由を、アメリカ以外のどの国ももってはいなかったからでした。このようにして外資が日本の資産を獲得し、アメリカ政府には国債を経て現金収入が生まれるようになってゆきました。日本には換金できないドル資産が積みあがり、そして還流しなくなった資本が国内市場に通貨の空白域を生むようになったのでした。

 

 

 攻撃的な円高には徹底した円売りで対抗しなければなりません。望ましい円安が実現すると同時に大量のドルが手に入っていたことでしょう。これを証券ではなく金等の現物或いは現預金に換えておくことが最善の策だったように思われます。預金金利の日米間格差は円側が決定的に低くなっているため、一定の利潤と機動性とを同時に確保することができていたはずです。ドル(米国債)売りでアメリカの長期金利が上昇するのなら、この差はさらに拡大していたことでしょう。日本の政策金利の異常ともいえる急低下とその長期的継続とは、仕掛けられた円高の結果として派生的に生まれてきたものなのです。

 

 

 円に戻すことなく手持ちのドル資産を証券から現金または金などに換えていたら、このような強い円高基調にはならなかったことでしょう。それができなかったのは、国債を売却することがアメリカ側にとって不利になることをよく承知していたからだろうと思われます。国民の利益を考えていたら、このような選択は到底できるはずがありません。アメリカの言いなりになる、という行為がどういう意味をもつことなのか、その具体的な実例をこの対応の拙さから窺えるように思います。どのような理由があったとしても、受身のままの為替政策を採ったという事実は否定することができないのです。

 

 外貨準備があろうとなかろうと、企業はドルをその都度売買しなければなりません。外貨準備は国の資産に属しており、対外的な担保(保証金)としての性能しか発揮することができません。輸出産業がドルを買うということは、ドル高を導くということになるのですし、ドル高は手持ちの円を売らなければならないという状況でもあるため、ダイナミズムには平衡が保たれています。輸出の場合は黒字のドルを売るだけのことになるため、円そのものの需要しか生まないことが円高を導くことになっていたのでした。政府が円安を導くための政策を採らないできたために、いつまでたっても円高基調から抜け出すことができず、円の需要が増えるたびごとに大量の米国債を買うという理解不能な枠組みに編入されてしまっていたのでした。その状況を当然のことのようにして現在も受け容れているため、国が貧しくなってカネを貸した相手であるアメリカが一層繁栄するということになっているという訳なのです。

 

 

2005/09/06

Rev.2005/09/25