





エネルギー・ルネッサンス
平和本位制と核廃棄
パックス・エネルゲイア
地球回復のためのプログラム
アナログシステム研究所
設立の趣旨
地球の上でおきる事象のあれこれについて、表層を手がかりとして深層(真相)を動態のまま探ってゆくという研究を行っています。
原因と結果の連環を単位として、全体の成り立ちを研究するということです。おきている事柄の断面を切り取って観るだけでなく、全体で一つのシステムとして時間軸上を『今』動いている事象の線として扱います。原因と結果の組み合わせからなる単位の連鎖を、部分と全体の関わりとして一括りにすることによって、定量的な分析では見えなかった相を浮かび上がらせるよう配慮しています。観察手法は現象学的なアプローチを基本にしています。観察主体の判断のゆらぎまでを要素として採用する、という点に現象学とは異なる視差が生まれています。観察するということだけでなく、実際に参加することによって事象の一成分となることに特別の意味をおいています。体験して得た知を記憶することが、正しい判断と意思決定を支援するための基礎になっているからです。
判断する、ということは人間にとってたいへん重要な要素です。判断を敢えてしないのが現象学のスタンスですが、判断の推移そのものも研究の対象とするべきだと考えています。過った判断は、それだけで独立した意味をもっているからです。過ちという結果をフィードバックしながら問題を収斂させ、エッセンスを濾しとることができるでしょう。そのようなプロセスから得た様々な知見は、一般に学習と呼ばれているものと同じです。人間は、基本的に失敗から学ぶようにできています。失敗した経験は、決して忘れることがありません。失敗の経験こそが、成功に繋げるための特別な近道になっていました。
体験しないで導いた思念による認識は、本来認識と呼ぶべきものではありません。単なる知識でしかないのです。意味の裏づけとなる体験が欠けているからです。既に失敗を体験している人が思惟することで得た認識とは、明らかに違っています。人間は認識のレベルを更新することで進化してきたのでした。過ちを恕しあえる生命であればこそ、現在のように栄えることができたのです。温暖化という最悪の事象を現実化している事実から、目を覆っていた多くの要因があることに早く気づかなければなりません。温暖化は、認識が合成されたらすぐに片付くような種類の単純な現象であるに過ぎません。問題の意味がみえてきたなら、その答えが裏に書かれていたということにすぐ気づくはずです
。
現象学は神の視座を維持することに価値をおいていますが、アナログシステム分析では観察者自らが要素成分の一つとなってシステムの連鎖に関与しなければなりません。過ちがあってもまったく構わないのです。失敗を体験するということこそが、人の意識を進化させてきたのでした。学習は同じ過ちを繰り返さないためのプログラムです。失敗や過ちは一時的には損失であるかのように見えるものですが、そこからメッセージを読み取ることは可能です。この時に生じた意味の移転を「気づき」と呼ぶことがあります。気づく喜びは、とてもとても深いものです。見えなかったものが卒然として見えたとき、ひらめきというものがもつ智恵の歓びを体験するでしょう。それには失敗するという体験を複数もつ、ということが絶対的に必要なのでした。深化のプロセスそのものが事象の一つなのですから、変数として要素処理をしなければなりません。
定量分析は対象を数値化されたモデルとしてみるための手法です。つまり、デジタルシステムということになる訳です。定性分析はモデルをアナログシステムとしてみています。デジタルシステムは要素化が不完全だと、解に齟齬を生じるという欠陥をもっています。アナログシステムでは要素抽出と要因分析に力点を置き、フィードバック回路の機能まで包摂する全体としてみることを重要視しています。データに基づくだけでなく、数値化できない多くの事柄を視野に入れて、システム全体としての像がもつ構造を捉えようとするアプローチです。システムとしてみる場合の現象は複合する要因が相互作用して成り立っているため、厳密には数値化することができません。科学的とされている手法はデータと理論の裏づけが必要です。真相をつきつめてゆけばゆくほど、ものごとは曖昧になるという性質は強くなってゆくのです。不確定性原理がそうであるように、何かが決定すると事象を構成していたその他の何か(または一切)が不明確な状態にまで還元されてしまうことになるのでした。
いわゆる科学というものには、このような限界があったのです。数値化できないものを要素として採用しなかったために、モデルを単純化することができたとしても総合的な正しさの保証は失われていたのでした。科学的であれば正しい解を常に導くことができる、ということではありません。科学的であるというのは、手法のもつ相の一つではありますが、総てではないのです。多くの間違いを生み出してきたことが、地球上に現在の混乱を引き寄せているそもそもの種になっていたのでした。原因を探ると、要素化されていなかった事案の存在がたくさんあったことが見えてくるのです。そこでデータにならない要素までを扱う必要がでてきたという訳です。
(エネルギーと質量が等価だという真理が、核分裂の解放エネルギーで破壊を最大化するための技術を作り上げました。その技術を実際に使ったのは人間の決断です。決断するにはその前に判断がなされていなければなりません。判断の当否は歴史が決定します。当事者である人間が判断の正当性を主張すると、そこで偏りが発生するという問題の萌芽が生み出されることになるのでした。解放されたエネルギーによる二次生成物が、放射性物質です。放射のエネルギーそのもののことを漢字で「能」と表記しています。放射能が生命にとって有害であることはいうまでもありません。本来自然界にはなかった事象が科学によって事実になった、ということが原爆投下という現実からみえてくるのです)
地球上でおきている総ての現象は、アナログモデルでなければ全体像についての十分な説明をすることができません。要素を精密に分析する場合にはデジタル処理を採用し、要素化できないものはその一切をあるがままに観察しながら、見えてきた事実のみを記述するというスタンスを保つことが大切です。部分の理解が不十分であれば、全体の像はもっと不完全なものになってしまいます。矛盾は認識の誤りが素になって生まれてきたものでした。認識ができていれば解は一つしかありません。真実が一つであることはいまさらいうまでもないことです。判断を誤ったからこそ現在のような混乱が生じているのです。人が関与する事象の結果に整合しない事実があるときは、正しくない理解の存在を疑わなければなりません。ただしく理解するためには、正しい観察をすることが何にもまして必要なことでしょう。
デジタルシステムは、部分を詳細に観察するときに欠かすことの出来ない重要なユニットであることは間違いありません。しかし、それで総てを説明できるというようなものでもないのです。要素化されていないものが捨象されていたために、解釈を誤る結果になっていたというケースはいたるところに存在します。(⇒ 補遺に、グリーンスパンFRB議長が謎と呼ぶ不整合性を一例として掲示しておきました)所期の結果が得られていなければ、どこかに見えない要素が潜んでいることを疑わなければなりません。アナログシステムでは、データだけでなくその推移が示す変化を要素として採用し、総合的な判断を行うための素材として扱っています。
科学は数値化ができる部分だけをみていたため、全体像を合成する段階で合致しない箇所があると、その部分を却って強調するようになることがあります。歪みを修正せずにいびつな構造をそのまま示すようになっているからです。世の中には数値にならないことがたくさんあります。そのような現象に出会うと、謎と呼ぶようになるのでした。人のこころや思惑なども要素として採用しなければなりません。ソ連型の共産主義が瓦解したのは、人(の意識、または心)という要素を考慮していないシステムになっていたからでした。予測と結果とが大きく乖離してみえるようなときには、隠れている要素の有無を再確認しなければなりません。有効解でなければ、結果は常に誤りへと至ります。現状そのものが合理的な社会になっていないという事実にこそ、その有力な証拠が現れていると思う次第です。
アナログシステム研究所は、従来注目されることのなかった要素までシステムの一部として採用するスタンスで観察を続けています。このような姿勢で導き出したさまざまな認識のユニットを、ひとつずつ積み重ねながら極微細な基本構造から宇宙の外側までを根気強く探っていくことにしています。研究で得た成果は可能な限り公開する予定で準備をしているところです。ご期待ください。
2005/08/15
アナログシステム研究所 所長/アナリスト まほーびん
NEWS RELEASE
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2005/08/15
Rev.2005/10/11