1983年3月

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3月1日(火)

 あっという間に2月が過ぎ
 ついに3月になってしまった。
 嘆息....
 就職?
 いったいど〜するんだろうね。
 色んなことに煮詰まって...
 差し歯も相変わらずグラグラだし...
 Ah〜,嫌んなっちまう。
 さて,明日は印鑑変更(注1)の手続きをしなくちゃ!
 それにしても,歯茎を痛めてしまったのはやばいな。

(注1)『印鑑登録』の間違いではないかと...
3月5日(土)

 あと4日で録音。
 TAPEの手配(注1)やらなんやらしなければいけないことがあるけれど,
 まー,なんとかなるでしょう。
 それにしても,時間の流れが早くてまいるよ。
 今週はあまり楽器に触れていなかったような気がする。
 ここ最近,あの甘い夢に悩まされている(注2)
 Ah〜,なんたる未練!

(注1)録音する曲のデモ音源を収録したテープを録音参加メンバーに配るってことだと思うけれど,それにしては遅すぎるような気も...。まぁ単純なコード進行の曲ばかりだからそれでも間に合うといえば間に合うのだけれどね。
(注2)元彼女とよりを戻すという未練たっぷりの夢を見てしまい,それが尾を引いていたようです。
3月8日(火)

 いよいよ明日から録音開始。
 それにしても,昨日今日と寒いこと!
 まったく,風邪ひきそうですよ。
 しかしまいったなぁ,いよいよ就職かい?(注1)
 ま,それもいいけれど...
 なんとかなるさ...
 いやぁ,なるようにしかならないのさっ!
 夜,Gamiさん(注2)ところのバンドを見学する。
 もしかしたら,この先Drumsで参加するかもしれんのです(注3)

(注1)確かこの数日後就職試験を受けたような記憶が...いや,受けたのはその前かな?いやなんというか肝心なことを書いてない日記ですね。つ〜か,無意識に書くことを避けていたんだろうな。
(注2)Mary Louで知りあったROCK好きの江古田住人です。知りあったときにはすでに社会人で,何度か家にも遊びにいかせてもらいました。
(注3)Gamiさんは趣味でPopなバンドもやっていたのですが,ドラムがいないのというので,何度かセッションでドラムを叩いたことがある私にそんな話があったのです。
3月17日(木)

 Ah〜,なんてこったい。
 ついに就職決定かよ!
 暗〜〜〜〜くなっちまうぜ(注1)
 くそったれ,絶対に逃げてみせるぞ!!(注2)
 そのためにはTapeを至る所にばらまいたりと(注3)
 行動しなければ!
 なんとかチャンスの尻尾を捕まえなくちゃね(注4)
 ところで,9日から11日にかけての録音は
 まずまず成功ってところかな(注5)

(注1)就職が決まって落ち込むなんて,今にして思えば,我ながら不思議な感覚だと思います。就職難の人達からすれば「なんてゼータクなことぬかしてんだ,このばかやろう!」って言われちゃいそうですよね。
(注2)ま,結局は就職して今日に至るわけですが...
(注3)下に書いた録音はそのためのデモ・テープ作りという意味もありました。
(注4)まぁこのテープがあったからこそ後にインディーズからソロ・アルバムを出せたのだから,結果的には役に立ってくれたと言えるでしょう。
(注5)ちなみに,後に『Enema Music / Enema Project』にも収録されている『MY ONLY LOVE mp3』については,録音当日になってもサビ以外は仮歌の歌詞しかなく,ヴォーカルの録音直前になってなんとかでっちあげたという記憶があります。
3月26日(土)

 あと一週間もしないうちに就職だとさ!
 嫌だ,嫌だ...
 と言いつつ,半分アキラメ・ムード。
 楽器を買うため,機材を揃えるため(注1)
 そのために働くのですよ。
 そしてこれからも曲は作り続けるのです(注2)

(注1)実際,就職してすぐに8CHのオープン・リール式のテープレコーダーとミキサー,デジタルシンセ(ヤマハのDX-7),ドラムマシーン,デジタル・リヴァーブ等をまとめ買いしちゃいました。もちろん現金ではなく月賦払いです
(注2)就職してからも曲作りはしていましたが,結婚して子どもが出来てから,いつのまにか曲作りから遠ざかってしまい,オープン・リール式のテープレコーダーとミキサーを売った金でNECのワープロ(文豪のディスクトップ型)を買ってしまいました。
3月29日(火)

 現在,正確には30日の午前5時45分。
 いよいよこの部屋とも
 あまりにも思い出の多すぎるこの部屋とも
 ついにお別れだ(注1)
 また,あいつのことを思い出してしまう今日この頃(注2)
 今にして思えば...
 いや,昔からわかっちゃいることだけれど
 あいつのS.O.Sを感じとることができなかった
 俺は本当にど〜しようもない男だ。
 とにかく,今日この部屋と永遠におサラバするわけだが,
 しかし,思い出...いや,記憶は
 いつまでもずっとひきずり続けるんだろうな。
 それにしても,この想いはどうすれば救われるんだ?(注3)
 自業自得なんだけれどね。

(注1)30日にそれまで住んでいた江古田(正確には板橋区)のアパートから,就職先の宿舎に引っ越しをしたのです。トラック(といっても軽トラ程度だけれど)を借りて知人に運転してもらったのですが,気分的にはまさに都落ちって感じでしたね。
(注2)我ながらこの未練深さには呆れてしまいます。だからといって関係を回復するために何かしたかといえば,逆のことしかしてなかったのだから,こりゃもうどうしようもありません。
(注3)この1ヶ月ちょっと後のGWに今のヨメと出会うのですから,人間の運命って本当にわからないものです。

 
3月31日(木)

 ついに来てしまった。
 まだあわただしくて実感がわかないのだけれど
 来てしまったんだよ。
 これから右も左もわからぬ生活が始まる(注1)
 まったくの新生活が始まるのだ(注2)
 ただ,少々不便だけれど,ここは良い場所だ(注3)
 何よりも海が近いのが良い。

(注1)翌4月1日から出勤するわけですから,就職が決まってから引っ越すまでかなりあわただしいものがありました。
(注2)結局仕事を辞めることなく家庭を持ち現在に至るわけですから,人生ってわからないものです。
(注3)何しろ,バスが1時間に1本しか来ないような所でしたから...それでも,現在住んでいる家に引っ越すまで約20年暮らしていたんですよね。
 『(元)17歳日記』もこれで最後です。
 日記そのものは現在までずっと書き続けているんですが,就職というある意味青春時代の終わりをもって終わらせるのがちょうど良いタイミングだと思うんですよね。
 というわけで,ここまで読んでくださった方の忍耐と寛容に感謝するしだいであります。

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