かきました
わたしの書いたものがたりです

 唇に紅を差すという習慣がいつ頃から始まったのかは知りません。
 もともとは、健康的に見せることが目的だったのでしょうが、
同時にそれは美しく見せる術も兼ねていたのでしょう。
 もっとも、本当に健康な人が紅を差したらの話ですが・・・。

 紅を作るには紅花の花びらが必要でした。
 この花びらを摘むのは、もっぱら娘の作業でした。
 力がそれほど無くてもできる農作業でしたから・・・。
 ただ、この花は鋭いとげを持っていて、花びらを摘むには、
どうしてもとげを持たなければなりません。
 そのため、花びらを摘んでいる娘の指は、流れ出る血で赤く染まり、
とげの傷が癒える暇もありませんでした。
 毎日襲ってくる疲労と貧血で、どの娘の顔も青白くなっていました。

 一方、紅をていねいに差す舞妓の姿がありました。
 舞妓と言えば、見た目は華やかですが、実際には習い事や踊りの稽古、
お茶屋での接客と、とても忙しいのです。
 言うまでもなく、舞妓になるのは娘でした。
 どのような娘が舞妓になったかは、筆者は知りません。
 でも、娘にとっては紅を差すたびに、舞妓としての一日が始まることを
意味していました。
 そのせいでしょうか、紅を差す前の娘の顔は青白く、
疲労の色を隠すのに苦労していました。

 紅花の花びらを摘む娘。
 紅を差して舞妓として懸命に働く娘。
 どちらの娘も、お互いに、紅色が鮮やか過ぎるほど哀しい、
血の色であることを知っていました。
 それでも、唇に紅を差すときの指先を見ると、なぜか
心ざわめくのでした。
 何かいいことが起きるのを夢見つつ・・・。
 幸せを夢見つつ・・・。

 ここまで書いたところで、私は、題材にしていた紅花のドライフラワーに、
そっと触れてみました。
 「痛いっ」
 薄紅色をまとって、もう枯れていているはずの紅花のとげが
私の指にささりました。
 紅花は、青々としていて、その花は、鮮やかなだいだい色をしています。
 「おかしいなあ」
 夢にしては、指先は痛いし、おまけに血がにじんでいます。
 私の気持ちは、痛みと好奇心で、妙におもしろくなってきました。
 「いままで書いた通りにしてみようかな」
 とげを持ちつつ、ぶちっと花びらを摘んでみました。
 手のひらは花びらからにじみ出る紅の色に染まっています。
 と同時に、私の指先は、にじみ出る血の色で、手のひらと同じような
紅の色になっていきます。
 「きれいだなあ、それにしても痛い」
 紅の鮮やかさに見とれながら、唇に差そうとして、ふと我に返りました。
 「これ差したら、舞妓になってしまう」
 ハンカチで手を拭きながら、えも言われぬ気持ちになっていた自分に
気づきました。

 私は台所にいき、絆創膏を指にはって、ハンカチを水で洗いました。
 ハンカチを蛍光灯に透かして見ると、淡い紅色に染まっています。
 部屋に戻ってみると、紅花は、もとの薄紅色をまとっています。
 ハンカチと指先の絆創膏は、私の心をざわめかせました。
 何かいいことが起きるといいな・・・。
 幸せだといいな・・・。


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