かきました
わたしの書いたものがたりです

 札幌発函館行きの夜行列車は、昔は普通列車で、
小樽回りのものが一本あった。
 客車三両に貨車六〜七両という、変てこりんな編成で走っていた。
 それが廃止になって三年が過ぎようとしている。
 私も、北海道での三大夜行といって、札幌ー稚内間の「利尻」、
札幌ー網走間の「大雪」、札幌ー釧路間の「まりも」には
常時目を光らせているが、「第四の夜行」の廃止には、
それほど関心を持っていなかった。
 ところが、「第四の夜行」、札幌ー函館間の夜行が、
季節によっては走っているのである。
 それが、「すずらん89号・90号」である。
 私は札幌からしか、この夜行には乗ったことがない。
 いわゆる本州へ戻るときにしか使ったことがなかった。
 しかし、これは北海道からの離別の夜行であり、
北海道旅行の終幕をつとめなければならない、重要な夜行であった。
 だが、「すずらん90号」は、その終幕を演じるのに
十分すぎるほどの、すばらしい夜行であった。

 私が乗ったのは五月の初め、まだ札幌に雪が残っている
ころであった。
 この時は、函館での連絡船待ち約二時間をどう過ごすかしか
頭になかったので、どんな列車がホームに入ってくるのか
想像もつかなかった。
 私は指定席を取っていた。
 ホームは四番ホームで、自由席の札の下には、たくさんの人、
それでもすわり切れないほどのという感じではないが、
とにかく多くの人が並んでいた。
 だが、指定席の札の下には、ほんの七、八人しかいなかった。
 私は、まあ指定席は安いことだし、いいや、と思いつつ並んだ。
 列車がホームに入ってきた。
 赤いDD51のディーゼルに引かれてきた列車は、
なんと四両編成のこぢんまりとしたものだった。
 しかし、寝台車もついていて、こぢんまりとしていながらも、
長距離夜行の編成であった。
 私は、北海道らしいな、と思ってうれしくなってしまった。
 私の席は、4番B席で通路側であった。
 指定で通路側ということは、結構混むのではないか、と考えた。
 常識的には、窓側からきっぷを売るはずだから。
 私は自分の席にすわって、ビールを飲んだ。
 これで北海道を出なければならない、飲む理由はそれで十分だった。

 やがて23時30分、ホームのベルがけたたましく
鳴ったかと思うと、すずらん90号は発車した。
 すずらん90号は途中、千歳に0時12分、
苫小牧に0時45分、ここで24分停車、東室蘭2時12分、
長万部3時35分、八雲4時9分、森4時39分、
森から池田園回りで、大沼5時18分、そして終点函館には
5時48分到着予定であった。
 北海道の夜行はどれもそうだが、特急並の停車しかしない。
 特にすずらん90号はそうであった。
 私は、ますますいい気分になって、ビールを飲み、外を眺めた。
 右手には札幌の夜景が広がっている。
 「まりも」で釧路に向かうのとは違った感慨がある。
 この街も、しばらく見納めだと思うと、つい、ずーっと
見つめ続けてしまう。
 札幌の街は本当に碁盤の目のような街かと疑いたくなるような
夜景であった。
 空は快晴、雲一つない。
 私にはもう一つ、もくろみがあった。
 大沼5時18分ということは、ひょっとしたら、
駒ヶ岳と大沼公園が朝焼けの中で見られるのではないか、
というものであった。
 だが、そのためには少なくともCかDの席でなければならなかった。
 札幌を出たばかりの指定席車はガラガラだった。
 私は、検札に来た車掌に聞いてみた。
 「この車両、まだお客さん乗ってきます?」
 「さあ、苫小牧まで乗ってこなけりゃ、乗ってこないよ」
 「席空いているけれど移動していいの?」
 「ご自由にどうぞ」
 私は、少なくとも苫小牧までは起きていよう、と思った。
 新札幌を過ぎたあたりから、あたりは真っ暗になった。
 昼間見ても荒涼としているのに、夜見ると不気味と言うか、
どこまでも続く闇、その中を、すずらん90号はひた走る。
 約42分で定刻通り千歳に到着。
 ほとんど乗客はいない。
 私はひとまず、ラッキーと思い、二本目のビールを飲みにかかった。

 千歳を過ぎて、次は千歳空港。
 さすがに0時を回っているので、真っ暗。
 昼間のにぎやかさがうそのようだ。
 ところで、どうしてすずらん90号は千歳に停まるのだろう?
 新たな疑問が私に出てきていた。
 昼間急行の「ちとせ」はその名のごとく停車する。
 あまつさえ、特急「ライラック」の一部も停車する。
 しかし、昼間臨時急行の「すずらん98号」は、
千歳空港に停車する。
 要するに、急行はどちらかに停車しなければならないようだ。
 私がそんなことを考えている間も、すずらん90号は走る。
 決して快走ではないが、大地を、かみしめるように走る。
 北の大地とは、こういうものなんだよ、というのを
乗客に教えるかのように。
 北海道は私にとって、大好きな、そして理想的とも
いえるところである。
 その北海道から出なければならない、というのはつらい。
 けれど、その終幕を担う列車がすばらしければ、
今まで旅行して見てきた一コマ一コマの北の大地の風景は、
より一層強烈なものとなる。
 私は、今回の旅行をふり返りながら、しみじみとビールを
飲んでいた。

 すずらん90号が速度を落とし始めた。
 さあ、問題の苫小牧だ。
 私はホームを、じーっと見つめた。
 いない、乗客はほとんどいない。
 やったね、という気分で、私は二本目のビールを空にした。
 早く発車のベルが鳴ってくれ、という気分で、
私は三本目のビールを開けた。

 やがてベルの音。
 そして発車。
 指定席車は、やっぱり七、八人。
 私は、ほーっとひと息つくとともに、再び、列車の揺れ走る音、
大地をふみしめる音に聴き入りつつ、外を眺めていた。
 そして、ビールを飲み干すと、いつの間にか二つの座席を
占領して眠ってしまっていた。

 私は、車内のざわめきと、窓外の白さで目をさました。
 すずらん90号は、森を発車して、海側を快走していた。
 海に映える朝焼けがとてもきれいだ。
 私は、しばらくその風景に見とれていた。
 北海道で日の出の見られる路線は数少ない。
 しかし、すずらん90号は、それがまるで当たり前のように
演出してくれる。
 私は、たまらなくうれしくなった、と同時に、
どうしてこんなすばらしい列車が臨時なのか不思議に思えてきた。
 そんなことを考えているうち、右側の方の乗客が、
 「おー」
と声をあげて、みんな窓の外を見ている。
 私も右側へ行ってみて外を見た。
 駒が岳。
 朝日を浴びて、くっきりとそびえ立っている。
 たとえようのない美しさ。
 もう、私の心には何もなかった。
 ただ、その美しさを享受するしかなかった。
 そして、大沼。
 空気は澄み切っていて、はりつめている。
 北の大地から帰る者に見せつけるその風景には、
えもいわれぬ迫力があった。
 北海道旅行は札幌から、と思っている人たちに
見せてあげたいくらいの風景だった。
 「ここも北海道なんだよ」
と、問いかけてきているような光景だった。

 函館には定刻に着いた。
 さすがに桟橋への道のりは、後ろ髪をひかれる思いだった。
 けれど、最後に、ひきしまった、いかにも北の大地という
風景を見せつけられて、北海道旅行のすべてが
完成されたように思えた。
 「また来よう、そしてまた乗るぞ」
 私は、心の中で、すずらん90号の指定席の予約をして、
連絡船に乗ったのであった。


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