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春のある日。
朝から雨が降っていました。
駅へ向かうバスは、会社や学校へ向かう人たちで
いっぱいでした。
バスに乗った私は、後ろの席のそばに立っていました。
窓はくもって、外の景色が良く見えません。
ふと席を見ると、真新しいランドセルを背負った
女の子が三人と、進級して少しおねえさんになった
女の子がひとり、二列になって座っていました。
同じ帽子に同じ制服・・・。
どうやら同じ小学校の生徒のようです。
ぴかぴかの一年生たちは、とにかく楽しくて
しょうがないといった感じで、いろいろなことを話しては、
きゃっきゃっと騒いでいます。
そのうち、ひとりがくもった窓に、「へのへのもへじ」と
言いながら、へのへのもへじを書き始めました。
でも、うまく字が書けなかったせいでしょうか、
できあがった絵はどことなく間の抜けたへのへのもへじ。
「うまく書けなかった」と言いながら笑う一年生。
「ほんとだ」と絵を見ながら笑う一年生ふたり。
三人の一年生は、絵を見ては、またきゃっきゃっと騒いでいます。
それを横で聞いていた上級生のおねえさんは、
「へのへのもへじじゃないよ」と言いました。
すると、一年生のひとりが聞きました。
「じゃあ、なんて言うの?」
おねえさんは、窓に向かうと、へのへのもへじの横に、
「へのへのもしじ」と言いながら、へのへのもしじを書きました。
じっと見ていた三人の一年生は、絵が書き終わると同時に、
笑い始めました。
「へのへのもしじだって」
「へんだよね」
「へのへのもへじだよね」
そう言って騒いでいる一年生たちに向かって、おねえさんは、
少しむきになって言いました。
「へのへのもしじなの。だってもへじだとすねているみたいじゃない」
言われた一年生たちも、へのへのもしじを見ながら
負けずに言い返します。
「だって、もしじじゃおこっているみたいで変だよ」
とたんに、四人の小学生は、「もへじ」と「もしじ」の
絵を見ながら、どっちが本当なのか、せきを切ったように
しゃべり始めました。
窓に書かれた二人の「へのへの」も、どっちがほんものなのか、
かたずをのんで小学生たちを見ています。
そこだけが違う世界のように、バスの中で、小学生たちは
きゃっきゃっと騒ぎ続けていました。
きゅうに、おねえさんは降車ボタンを押すと、
一年生たちに言いました。
「そろそろ駅に着くよ。さ、降りましょ」
すると、三人の一年生は、二人の「へのへの」のことなど
すっかり忘れて、バスから降りることで頭が一杯になったようで、
バスが停留所に止まると、
「着いた着いた」
「降りなきゃ」
と口々に言いながら、上級生にくっつくようにして
バスの出口に向かいました。
窓に書かれたへのへのもへじとへのへのもしじは、
小学生たちの後ろ姿を見ているようでした。
にこにこ笑っているようでした。
いってらっしゃいと言っているようでした。
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