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遠い、はるかかなたの土地。
すべてが淡い色調で、ぼんやりと世界が浮かび上がるような。
なんとなくなつかしい気持ちにさせる絵。
新品のバッグを片手にし、ぼんやりと歩いていた若者が、
その絵に出会ったのは、夜の繁華街の片隅でした。
道端に絵を並べて売っているわけでもなく、ただ一枚の絵を
目の前に置いて、年老いた画家は、眠るように座っていました。
若者は、疲れた様子で画家の前を通り過ぎようとして、
ふとその絵が目に止まりました。
その途端、若者はその絵に見入っていました。
見れば見るほど、静かな気持ちにさせてくれる絵でした。
しばらくの間、若者はぼうぜんと絵の前に立ちすくんでいました。
すると、眠っていたような年老いた画家が、
「この絵、気に入りましたか?」
と、話しかけてきました。
「ええ、とても。何だか気持ちが和らぐんですよ」
「そうですか」
そう言うと、年老いた画家はのろのろと立ち上がって、
駅の方へ歩き始めました。
「おじいさん、絵、忘れてますよ」
「ああ、その絵はあなたにあげますよ」
「でも・・・」
「あなた、その絵、とても気に入っているようだし、それに
私はまた別の絵を描きたいから。じゃあな」
若者は、年老いた画家の後ろ姿を見送りながら、
道端に置かれた絵を取り上げて大事そうに抱えました。
そして、家に持ち帰ると、ていねいにほこりを払い落として、
ベッドのわきに立てかけました。
それからというものの、若者は会社の仕事が終わると、
一目散に家に帰って来るようになりました。
ベッドの中にもぐると、絵を眺めながら、ぼーっとするのが、
日課のようになりました。
「あーあ、会社に行ってても、面白いことも何もないし、
かと言って、これといってしたいこともないし、のんびりと
どこか知らないところで、現実に追い回されないで生活したいなあ」
そして、絵を見ては、ため息をついて、
「こんなところで、のんびりと暮らしたいなあ」
と思うのでした。
若者のそんな思いは、会社へ行けば行くほど強くなっていきました。
やりきれない、それでいてぶつけどころのない気持ちは、
若者を絵の世界へどんどんと引き込んでいきました。
ある日のこと。
若者は、いつもの通勤電車には乗らずに、長距離列車に乗りました。
たまには、会社に行かないで気分転換でもしようと、軽い気持ちで
旅立ったのです。
列車は、郊外を抜けて、のどかな田園地帯を走っています。
窓外を眺めながら、若者はだんだんと気持ちがなごんできました。
列車が、山間の駅に着いた時です。
若者は、ふいに列車を降りて歩きたい気分になりました。
列車を降りた若者は、駅前の小さな商店街を抜けると、
どんどんと山の方へ歩き始めました。
しばらく歩いたでしょうか、若者は、広い草原にでました。
あたりは、いちめんの草花でおおわれています。
若者は、歩き疲れたせいもあって、草原に寝ころびました。
「久しぶりだなあ、草の香りをかぐのは」
空を見上げながら、若者はいつのまにか眠ってしまいました。
緑の草原が、だいだい色におおわれる頃。
若者は目を覚ましました。
「眠っちゃったんだ。そろそろ戻ろうかなあ、
いやだけど仕方ないもんなあ」
そう言って立ち上がって、あたりを見渡して、若者は
びっくりしました。
「あの絵と同じ景色だ」
そこには、年老いた画家から譲り受けた絵と
まるで同じ世界があったのです。
すべてが淡い色調の、なつかしいあの世界が。
若者は、目の前に広がる世界を追いかけて、走り出しました。
その日の夜。
繁華街の片隅には、いつかのように、ただ一枚の絵を
目の前に置いて、年老いた画家が、眠るように座っていました。
酔っぱらった勤め人が、からかうようにして見たその絵には、
夕暮れの淡い草原を走る若者の後ろ姿が、小さく、
でも生き生きと描かれていました。
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