「着任前日」



  「遅いなあ、先輩・・・」
  駅の出口で荷物を抱えながら座り込んでいる娘。
  目の前は、雨が激しく降っています。
  暗く、どんよりとした空を、駅の屋根越しに見上げながら、娘はため息を
つきました。
  「困ったなあ・・・」

  荷物に顔をうずめている娘に、きしむような音が飛び込んできました。
  あっ、と思って、娘が顔を上げると、そこに立っていたのは、赤い服を着た
作戦部の女です。
  「ごめん、ごめん、遅くなっちゃって・・・」
  「あ、あの、あなたは?」
  「迎えに来たのよ、旧友の頼みでね」
  女はそう言うと、娘にパスを渡しました。
  「明日からよろしくね、新人さん」
  娘はきゅうに立ち上がると、敬礼をしました。
  「あ、こんど、技術部に・・・」
  「ああ、いいからいいから、早くクルマに乗って」
  娘の荷物をクルマに放りこんだ女は、娘の背中を押すようにしてクルマに
乗せると、すごい勢いで発進しました。

  「それにしてもものすごい雨ね」
  振り切れそうなくらい動きつづけるワイパーと、窓に当たる雨の音の中で、
女は、クルマを走らせています。
  娘は、なにか話さなきゃと思っていましたが、なかなか言葉になりません。
  「あの、先輩は?」
  「ああ、きょうは会議らしくてね、ずいぶんかかるみたいよ」
  「そうなのですか・・・あ、ごめんなさい」
  やっと出た言葉が、とても上官に対してとは思えない言葉に気づいた娘は、
あわててあやまりました。
  「あはは、いいのよ、細かいことは、気にしない、気にしない」
  その笑い声に、娘も少しだけ微笑みました。
  「でも・・・困ったわ」
  「えっ?  あ、あの・・・」
  また、あたふたとしてしまう娘。
  女は、事も無げに言いました。
  「ビール買うことに夢中になって、ガソリン買うのをすっかり忘れたみたいでね」
  「ガソリン?」
  「ああ、だめだあ、止まっちゃった・・・」
  その言葉が合図なのか、クルマは、ほんとに止まってしまったのです。

  クルマの中で、女は、たばこに火をつけながら言いました。
  「これは冷えているかなあ・・・あなたも飲む?」
  「いえ、いいです」
  娘は、困り果てていました。
  「んー、ビールは冷えているのに限るわ」
  横では、女が豪快にビールを飲んでいます。
  「・・・着任初日から遅刻なんて・・・」
  寂しさと緊張で、娘は思わず涙声でつぶやきました。
  女は、ビールを置くと、娘に、やさしく話しかけました。
  「だいじょうぶだから、ね」

  次の日。
  娘は、無事に着任しました。
  その光景を見ながら、作戦部の女は、技術部の女に、小声で言いました。
  「かわいい後輩さんね」
  「あなた、まさか・・・」
  技術部の女の問いに、作戦部の女は、ただ、にこっと微笑んだだけでした。

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