<戻る
ローザ・ルクセンブルグ・インタビュー

ROCKIN'ON JAPAN 1987年1月号

今では入手が難しい貴重なインタビューを再録していくシリーズ、第三回。今回は'87年1月発売の「ROCKIN'ON JAPAN」vol.2所収のものです。”二枚目発表時点ですでに三枚目のビジョンを語る”という見出しがついていて、どんとが全編しゃべってます。因みに同誌は、当時ロッキングオンが始めたばっかりだった日本のロック専門誌。他に載ってるのは、浜田省吾、BOOWY、桑田佳祐、山下達郎、大沢誉志幸などなど。表紙はどういうわけかルースターズの花田裕之さん。彼はかっこいい(笑)


"地に足が着いた夢が好きやからさ"

「ファースト・アルバムの反省がセカンド・アルバムに出たというより、ファーストでやれなかった事への心残りがあったんですよ。あともうひとつ楽器を入れておけばいいのにさとか、オルガンがうっすら入っていればいいのにさとか、コーラスはもっとバッチリしたいなとか一枚目では思ったわけ。だけどまあいいやいいやで適当に結論が出てさ。だから二枚目では、とりあえずはやり残した事だけはしようと思って。」

「曲作りに関しては二枚目の方が僕のもともとのやり方に近いな。曲作りは得意なんですよ。百でも二百でも作れちゃう。いろんなパターンのものをつくれますね。曲を作るのが好きなんですよ。朝起きて『きょうはどんな曲を作ろうかな』とか思ったりして。その辺はすごくミュージシャンだと思うわ(笑)。純粋に曲作りをするのが好きなの、何か言いたいことがあるとか、そういうの以前にね。学校時代、自由時間とかにお笑いの歌なんかを山ほど歌うような人間だったんです(笑)。その頃からウンコとかオシリとか、そんな歌ばっかりやったけど(笑)。お母さんとやって子供ができて、その子供は僕にとっては子供で、お母さんにとっては孫なのか子供なのかようわからんなというような(笑)。」

「ファースト・アルバムに関するリアクションは思ってたよりはるかに少なかったですね(笑)。やっぱり、何やかや言う前に音楽がよくなかった、そこに責任を求める真面目な青年です。自分の理想があって、この録音物がその理想に届いていないというのはシビアに解るから謙虚になれるんです。理想に届いていながら良くないなと思えば、もう手を変え品を変えやるしかないけど、到達してないんだからもっと努力しなあかんなと、思うわけです。」

「二枚目のアルバムが出る前に言うのもなんやけど、二枚目は一枚目の『ぷりぷり』の補足説明も加わっている気がするんやけどね。後書きみたいなことやね。だから、次は一枚目と二枚目を切って、前の事は忘れてロックン・ロールでファンキーな奴をやりたいけどね。ただ一枚目と較べると詩は具体的で地に足が着いてきてる。俺も夢みたいな言葉も好きやったんやけどさ、なんか足が地面に着いていない夢はやっぱりいやでさ。いわゆるニューウェイブとか言われている人たちの詩とか読んでるとさ、なんかアホ臭くなってさ。だか地に足の着いた夢が好きやからさ。最近思ったんやけどさ、スパッと言ってる歌詞の方が歌い易いんだ。ややこしい歌は歌いにくいんだ。ステージで歌っていても、ややこしい歌の場合は、何かしなくちゃとか、もどかしいわけ。言葉にギャップがあるんだな。やっぱりステージに立ってる私が言う言葉があるやん(笑)。だから今度のアルバムの歌はステージで歌いやすい。自分で歌っていて違和感がない。」

「セクシャルな要素というのはすごく大きいけど、まだ恥ずかしくて言ってないんですけどね(笑)。まだ本当に女の子にコソッと言いそうな事って言ってないやん。その辺を今度から言うんですよ、へへへへ。もうそれしか考えてないから俺。今はプラトニックを装っとるからね、いかん。実際、人間それほどプラトニックじゃないすから。今の詩だったら手をつなぐだけでいいって女の子から言われそうな気がするもんね。それじゃいややもんね(笑)。やっぱりセックスにまで完全に至らんと全然ダメ(笑)。だからそれは三枚目で用意してあるんですよ。だった出会いがあって会話があって、という段階があるでしょ。今は会話の段階、『楽しい人ネッ』って言われてる。(笑)次は行為に及ぶから、ちょっと口数は少なくなるかも知れないけど(笑)。現実場面でも前置きが長い方だから、なかなか本題に入れない。だから今はちょっとアセッている。三枚目で口説かないと逃げられちゃう。『楽しい人ネッ』で終わられちゃたまらない(笑)。」

ROCKIN'ON JAPAN '87/1 P13:インタビュアー 渋谷陽一

1998/01/29 22:45am


HOME > モンゴル放送局:インタビューメニュー > ここ