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今では入手が難しく、また内容も興味深いインタビューを再録して閲覧可能にしたいと思っています。第一回はRO誌より。まだ85年初めの頃で、メジャーでの活動もオムニバスに参加した程度。この時点で洋楽雑誌(邦楽ロック専門誌なんかなかったけど)が取り上げてるのも、ローザへの期待と評価の高さかと。
"オイラ"とか"街角"とか、歌のための単語は使いたくない ・まず最初に、バンドの自己紹介をして下さい。 三原「うちのバンドは基本的には、キャラクターがバラバラなんです。性格も音楽の好みもバラバラで、出発点が全然違っていたんです。出発点が違うもの同士が、即興で演っているうちにできてきたバンドなんですよ。ですから、追求する形とか技術的限界にとらわれない、無限の方向性があると思っています。」 ・じゃあ、バラバラでいい、という点においてバンドは統一されているんだ。 全員「そうです、そうです。」 ・では、バラバラだというメンバー各自の、音楽的変遷を聞かせて下さい。 DON'T「僕は最初に、泉谷しげる、三上寛といったあたりから音楽を聴き始めてしまったもんで、その後わけもなく、絶叫式音楽を追いかけてしまいました。」 ・それは”声”といったものだけを求めていたんですか?それとも”ことば”も耳に入って来ていたのですか? DON'T「それは”声”です。ジョン・ライドンやボブ・ディランが好きだったのも、彼らの声のしぼり出し方に弾かれていたからで、詩を分析したなんてことは、一度もない。」 ・じゃ、今度は作詞する立場になって、自分の詞に対するこだわりなどはないんですか。 DON'T「それがね、すごくあるんです。いわゆる、歌のための単語は使いたくないと思ってるんです。例えばロックンロールなら、”いっちまった”とか”オイラ”とか”街角”とかですね。だから歌のための単語を使わないで、自分たちの話し言葉で歌詞を作る、というのが僕の出発点です。今は、歌に何をのせるべきか、ということをよく考えています。」 ・では次にドラムの方の、音楽的ルーツを聞かせて下さい。 三原「最初に聞いたのは、ELPとかキング・クリムゾンです。当時ドラムをやっていた姉が、よく聞いていたもので。ドラムも姉に教え込まれたんです。で、その後、色んな音楽を聞いたんですけど、「音楽って何がおもしろいんだろうな」と考えるようになったんです。丁度その頃クリムゾンの資料を読んだら、”即興性”というのが目に入りまして、読んでみたら随分ラクに答えが出たんです。そこから”即興性”を追求して現在に至っています。」 ・ちらっと聞いた限りでは、このメンバーの中では一番、ミュージシャンらしい気がするんですけど、他のメンバーの音楽的いい加減さに腹立ちません?(笑) 三原「立ちますよ。(笑)こいつらホントいい加減にしろ、と思ったこともあります。ところがね。色んな局面で僕にできないことをやるんですよ。僕は自分でも理論的な人間だと思うんですけど、彼らは全然違うのね。もう完全に、感性、なんですよ。だから逆に、俺さえしっかりしていれば、後は・・・・・という感じです。」 ・それでは、感性派と断定されたおふたりの、音楽変遷をうかがいましょう。まず玉城さん 玉城「僕はねえ、ジミーペイジ!(笑)僕が高校生の頃って、ツェッペリンしかなかったんです。大学入ってから、ジミ・ヘンドリックスとかも演奏してたんですけど、ああいうのって手癖がつくでしょう?特にジミー・ペイジなんか手癖で弾いてるようなもんだから、一旦全部忘れようと思って、練習しなくなったんです。(笑)丁度その頃ローザができまして、うまく混沌から再構築へと向かってます。」 ・自分自身では、これからローザ・ルクセンブルグはどういう方向性で行こうと考えているんですか?一応、リーダーなんでしょう?」
玉城「まあやっぱりね、ギター・バンドとしてやりたいな、と。」(爆笑) ・ところで、ベーシストは音楽性も論理もない、と言われてますけど。(笑)例えばベース弾き始めてバンドやって、俺はこんなに下手でいいのかな、とか思いませんでしたか?(笑) 永井「最初は思いましたね。でも、初めてベース持った頃、パンクの世界から入ったもんで、どーでもいいんだテクニックなんか、と思ってしまったんですよ。最近になってようやく、基礎練習するようになりました。」 ・この「都に雨の降る如く」に入っている”おしり”と”遠き山々”、僕はすごくおもしろいとは思うけれども、シングルカットしても売れないと思うんですよね。その辺はみんなどう思ってるんですか。
DON'T「いや、作った頃は売れる、と思って作ってたんですけど。」(笑) ・現在、色々と若いバンドが出てきてますけれど、興味あるバンドとかありますか。
玉城「良い意味でも、悪い意味でも、爆風スランプかな。よく比較されるし。」
1998/01/02 同01/04修正 |