鴨山五首
柿本朝臣人麻呂の死について、以下の五首を挙げている。
第2巻223から227


井沢元彦氏は万葉集と言霊編のなかの、「柿本人麻呂の死を詠んだ鴨山五首は虚構か」という項目で、
 「鴨山五首」の解釈については、伝統的な「鴨山五首虚構説
ではなく梅原氏の「人麻呂水死刑説人麻呂流人刑死説)」の新説の方が妥当であると思うと述べている。
  この他に「鴨山五首」の解釈については、大和岩雄氏の「人麻呂自殺説」がある。
  伝統的な「鴨山五首
虚構説」と「人麻呂自殺説」では歌番号224の石川のであり、梅原氏の「人麻呂水死刑説」ではである。
 また、鹿持雅澄『萬葉集古義』による鴨山五首ではである。
  「万葉集の貝」のページを作成していて、歌番号224の貝(一云、峡、谷に)が解らなかったのですが、223から227を統一的に解釈できる梅原氏の「人麻呂水死刑説」が「鴨山五首」の解釈として妥当で、はやはりと思います。       

:未分類の歌:長歌:雑歌::譬喩歌:挽歌:短歌:相聞
:歌に貝がでてこない歌 :寄物陳思:旋頭歌
(き)旅発思 :問答

柿本朝臣人麻呂、石見の国に在りて死に臨む時に、自ら傷みて作る歌一首

    223 鴨山の 岩根しまける 我れをかも 知らにと妹が 待ちつつあるらむ
          <鴨山の 岩を枕に伏している 私なのに 知らずに妻は 待っていることであろうか>
 <いつもなら妻を抱いて寝ているはずなのに鴨山で岩を抱いて寝ている私のことを知らずに妻は待っているのだろう>

柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅娘子が作る歌二首

    224  今日今日と わが待つ君は 石川の (一云、峡、谷に)に 交じりて ありといはずやも
      <今日か今日かと私が待ち焦がれているお方は、石川の貝に混じっているというではないか>
      <今日か今日かと私が待ち焦がれているお方は、石川の山峡に迷い込んでしまっているというではないか>

    225  直に逢はば 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つ偲はむ
          <直に逢うのは とてもできないだろう 石川に 雲よ立ちわたれ せめて眺めてあの方を偲ぼう>        

                        丹比真人 名欠けたり、柿本朝臣人麻呂が心に擬して、報ふる歌一首

    226  荒波に 寄り来る玉を 枕に置き 我ここにありと 誰か告げけむ
       <荒波に打ち寄せられて来る玉を 枕に置き わたしがここに伏せっていると 誰が知らせてくれたのであろうか>

在本の歌に曰く

    227  天離る 鄙の荒野に 君を置きて 思ひつつあれば 生けるともなし
          <遠国の荒れ野に あなたを置いて 思い続けていると 正気とてない>         


           水垣 久氏の「訓読万葉集 巻2 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による―での鴨山五首
                巻第二ふたまきにあたるまき

          柿本朝臣人麿が石見国に在りて死みまからむとする時、自傷かなしみよめる歌一首
    0223 鴨山の磐根し枕まける吾あれをかも知らにと妹が待ちつつあらむ

        柿本朝臣人麿が死みまかれる時、妻め依羅娘子よさみのいらつめがよめる歌二首
    0224 今日今日と吾あが待つ君は石川の
に交りてありといはずやも
    0225 直ただに逢はば逢ひもかねてむ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ

        丹比真人たぢひのまひとが柿本朝臣人麿が意こころに擬なそらへて報こたふる歌
    0226 荒波に寄せ来る玉を枕に置き吾あれここにありと誰か告げけむ
        或る本まきの歌に曰く
    0227 天ざかる夷ひなの荒野あらぬに君を置きて思ひつつあれば生けるともなし
        


         山口大学教育学部の吉村誠先生の万葉集に関するホームページ
                万葉集検索から鴨山五首の原文を以下に示しました。

    0223 鴨山之 磐根之巻有 吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
    0224 <且>今日々々々 吾待君者 石水之 貝尓
    0225 直相者 相不勝 石川尓 雲立渡礼 見乍将偲
    0226 荒浪尓 縁来玉乎 枕尓置 吾此間有跡 誰将告
    0227 天離 夷之荒野尓 君乎置而 念乍有者 生刀毛無           


                           人麻呂水死刑説人麻呂流人刑死説)
梅原 猛氏は百人一語のなかの柿本人麿で、昭和48年(1973)、私が「水底の歌ー柿本人麿論ー」を書いて、人麿流人刑死説を発表した時、・・・と述べているので、人麻呂水死刑説は人麿流人刑死説とすべきであるが、ここでは井沢元彦氏の人麻呂水死刑説とした。井沢氏は、「処刑」で「水死」したのなら、人麿は「水死刑」に処せられたということになると述べている。