〈喘息は虐待につながる!〉
●喘息が虐待につながることを知ってほしい
〜小児喘息の辛い思い出を振り返って今考える〜
(9.18/06―Ayaさんのメールより)
AICHANさん、こんにちは。
M県在住、23歳保育士のAyaと申します。
喘息とは幼いころからの付き合いですが、こちらのHPを見て今までの知識は間違いだったことに驚きました。
正確に何歳から喘息だったかはわかりませんが、保育園時代から風邪をひきやすく、4歳ころに肺炎で入院、小学生くらいから発作で苦しかった記憶があります。
やはり発作を抑える治療がメインだったようで、テオドール・メプチン(いずれも気管支拡張剤)は名前や形を覚えています。
自宅でできる吸入器(ネブライザー?)も使用してましたが、吸入ステロイド剤は処方されなかったようです。
中学、高校と進むにつれ、薬を飲まなくてもほぼ発作は起きなくなり、いつのまにかやめてしまいました。
治ったものだと思ってましたが、しかし高3と社会人1年目の夏に発作が起こり、病院に行きました。進路の悩みと仕事のストレス、疲れの影響ではないかと思います。
そして今年、秋の気配を感じ始めてから、たびたび、ちょっと苦しい・咳が出るなど軽い症状がありました。水を飲んだり放っておいても治まる程度でした。
ところが昨夜、なかなか寝つけずにいたらだんだん苦しくなり、ヒューヒューゼーゼー+咳があらわれ、寝ていられなくなりました。
仕方なく起きあがってゆっくり水を飲み、座っていると1時間ほどで落ち着き、朝まで眠れました。
夜中は「朝になったら病院行こうか」と思っていたのに、症状がなくなると「行かなくても大丈夫」に変わってしまいました。
でも今後発作が起きたときのために何か薬はないのか調べようと思い、こちらのHPに出会いました。
いちばんびっくり&ショックだったのが「呼吸筋が鍛えられると苦しさを感じなくなり、良くなったと錯覚する」ということ。
中学で卓球、高校でバドミントン、最近はエアロビでちょっと苦しくても(喘息発作かは不明……)がんばってやりきる喜びを感じるようになったので……。
小学生のころは走るとすぐヒューヒューなるので運動嫌いでしたが、大人になるにつれ体を動かすのが楽しくなってきたのです。体調が悪いとき、疲れたときは休んでましたが、精神的な疲れには運動が効く! と思ってます。
でも、発作がないとはいえ炎症が起きてる状態なら、運動も控えたほうがよいのでしょうか?
それはさておき、『宮川医院』さんのHPによると現在の私は軽症のようなので、ともあれステロイド剤を処方してくれる病院を見つけようと思います。
田舎なのでちょっと不安ですが、看護師の友達や薬剤師の叔母にも相談してみます。薬を手に入れない限り治りませんもんね。
最後に一つ伝えたかったことがあります。
「喘息VOICE」の中の「喘息と依存についての告白」(8.9/98)を読んでとても共感したことです。
うちの母は特に教育熱心というわけではありませんが、Y.Mさんの「告白」のように、喘息のわが子に辛く当たるようなところがありました。
頻繁に体調を崩す私への心配や、金銭面のこと、他にももしかしたら周囲に何か言われて傷付きイライラしていたかも(Y.Mさんの「告白」を読んで考えました)などの理由から、私の母もまた私が発作を起こしたり体調不良になるたびに私を責めたものなのです。
本心は責めるつもりなどなかったのかもしれませんが(これも「告白」を読んで今思いました)私は叱られているとしか思えませんでした。
私は怒られたくないから学校で苦しくてもギリギリまで我慢したり、夜に苦しくなってもギリギリまで我慢したものでした。
でも、結局は我慢できるはずもなく、もうダメというところで学校に迎えにきてもらったり、夜中に泣きながら苦しいと訴えたりしました。それで母は余計に声を荒げるという悪循環……。
「なんで早く言わないのっ」
と言われても怖くて言えないんです。
具合が悪いとき、母に怒られて泣き、学校では友達に優しくされて泣き、泣いてばっかりでした。
私は、母がいないとホッとするようなところがありました。高校の同級生で母親が働いていた友人たちは「家帰ってお母さんいると嬉しい」と話していたので、母がいないとホッとする自分はおかしいのではないかと思ってました。
子供のころからずっとそんな感じでしたので、「お母さん大好き」と感じたり、抱っこしてもらったりした記憶がありません。短大に入り実家を離れるとその距離感がちょうどよくて、実家に帰るのも嬉しくなりましたが、高校時代は家も学校も嫌でどうしようもなかったです。すべてを喘息のせいにはしませんが、このような親子関係が18年続くと、明るく楽しく過ごすというのは困難なことでした。
産んで育ててもらったことには感謝するし、本当は「大好き」と思いたいけど思えなくて、母を憎んでしまうのが辛かったですね。
また母は、何かというと「あんたにできるわけない」とか「そんなんで生きていけないよ」という言葉を使いました。
「告白」を読んで、私の喘息のせいで母も追い込まれていたのかなとは思いましたが、しかし、だからといって同情で終われるほど私はいい人じゃないので、どんな理由があろうと、たとえ親子であっても言って良いこと悪いことがあると思います。それらの言葉で私はどれだけ自信を失ったことでしょうか。親に否定された子は自分に自信が持てなくなるものです。
こんなこと書きたくはありませんけど、喘息のせいで親から叱られるとかいうのは虐待の一種に加わる気がしませんか? はずみで出た言葉でも、子どもは傷つきます。喘息は虐待の要因になり得ると、医療や保育関係者は知っていたほうがいいと思います。大袈裟かもしれないけど、子供時代に暗い影を落とすことに変わりないから。
ともかく、そんな具合で私はずっと泣いてばかりの子でした。
「泣かなくていいように丈夫になりたい!」
そう思う反面、運動が苦手で引っ込み思案な自分を『喘息』というタテマエ(?)が守っていたような気がします。喘息だから運動できない、明るく活発にできない、喘息じゃなければできるんだから……という気持ちが少なからずあったのでしょう。
ちょっとイヤなことは、「具合悪い」で逃げられるようになってしまいました。
発作がほとんどない今は喘息を言い訳にすることはなくなりましたが、昔の自分をかわいそうに思うことはあります。「喘息や母のせいで私は辛かった」と。でも今考えると、喘息で苦しかったというより(もちろん苦しかったけど)、喘息を含め体調のことを筆頭に内気な性格や私自身について母に「ダメだ」と言われて、変わりたいのに変われない自分、「ほんとはいろんなことできるんじゃないか」と信じても「やっぱりダメだ」と感じることが辛かったのだと思います。
だから私にとって喘息は、ある意味、辛さをわかってくれる、甘えさせてくれる存在だったかもしれません。
自分がそんなだったので、仕事柄、喘息持ちでも明るく元気に遊ぶ子どもを見ると強いなぁと尊敬します。その子の強さ+ご家族の育て方がいいのかな。
実際、喘息が姿を現さなかった短大時代は誰も知らない新しい環境でやさしい人々に恵まれ、明るく楽しく過ごせました。環境の影響って大きいのではないでしょうか。
かといって母を恨んでいるわけではありません。ただ、どうしてああも私を圧迫していたのかとずっと思っていたきたのです。その疑問が「喘息と依存についての告白」を読んで少し晴れた気がします。今になって母の気持ちが理解できてきたように思います。
最近の私は、もともとある人見知り、人付き合いがヘタなところはまだありますが、だいぶ変わってきたな〜と自分で思います。親戚のおばさんや小学校時代の先生にも「健康的になった」「たくましくなった」と言われました。
これから喘息完治を目指して、完全に治らないとしてもうまくコントロールして元気に過ごしていきたいと思います。
これからもこちらで勉強させていただきます^^
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(このメールを拝見して、ずいぶんと考え込んでしまいました。小児喘息は辛いものです。本人はもちろん辛いのですが、家族、特に親は別の意味で辛いでしょう。本当はわが子をいたわりたい。でも、突発的に出る発作、何度も打つ119番、学校に行っている間の途切れのない不安、喘息ゆえに家に閉じこもりがちなわが子に対するもどかしさ等々……それらのことが何年も続けば、親の神経もすり減るし、将来への不安などもきざし、つい言ってはならない言葉をわが子に投げ付けたり、してはいけないことをわが子にしたりしてしまうのでしょう。聖人君子でない限り、どんな親でも多かれ少なかれそういう状態になるのではないでしょうか。私自身、そういう状況に置かれたらどうなるか自信が持てません。小児喘息に限らず病気や障害を持つ子供に関しては、親だけでなく地域全体がみんなでサポートできるような環境を作っていくことが重要だとあらためて感じました。また、小児喘息は大人になったら治るとまことしやかにウワサされますが、その可能性はかなり低いのだということをひとりでも多くの人に知ってほしいとあらためて思いました。治ったと思ってもそれは症状がなくなるだけで、喘息のモトである気道粘膜の慢性炎症はずっと存在しつづけていることを。しかし、現在はその炎症も吸入ステロイド療法という治療によって完治に近いレベルまで治せるということも。なお、喘息の症状を我慢していると呼吸筋が鍛えられることは事実で、その弊害も実際あります。ですから重い喘息なのに鍛練のようなことをするのはお勧めできません。運動は、症状がありピークフロー値が高位で安定しないうちは控えるべきだと私自身は思っています―AICHAN)
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