〈優秀な看護婦を準医師に〉

●優秀なベテラン看護婦を準医師にしたらどうか
〈医師不足解決の一助、僻地医療の充実、救急医療の不足カバー、もしかして『誤診』減少にもつながる〉
(3.6/11)

 ちょっと軽率な思い付きかもしれないが、閃いたことがあるので書いておくことにする。
 優秀なベテラン看護婦さんを準医師にするというアイデアである(私は「看護師」という呼び方に馴染めないので、敬意と親しみを込めて「看護婦さん」と呼ぶし書きます)
 これが実現すれば、医師不足を解決するひとつの方法になり得るし、僻地医療の充実、救急医療の不足のカバーもでき、もしかすると『誤診』減少にもつながると思う。

 私はこれまでずいぶんたくさんの病院や医院にかかった。
 そこで何度も感心したのは、ベテラン看護婦さんの素晴らしい仕事ぶりだった。
 医師が次に何を指示するのかわかっていて、指示される前に道具や書類をすでに用意しているのはごく当たり前に見られた。医師が患者を診断するそばに立っていて、医師の診察からどのような治療をするのか読み取って先回りして注射の用意をしたりする看護婦さんも稀ではなかった。
 中には医師の間違った指示を訂正して医師に頭をかかせる凄い看護婦さんも何人かいた。

 うちの息子がゼロ歳のとき風邪で受診した病院で医師はただ「風邪」と診断したが、婦長は息子の体の色があまりに白っぽいのに疑問を持ち、「総合病院で血液検査を受けてください」と私たち夫婦に言った。
 言われた通りに総合病院で検査した結果、息子の白血球が異常に少ないことがわかって緊急入院となった。
 入院しても白血球はどんどん減っていき、ついで赤血球も血小板も減りはじめた。ついに息子の体の白血球数はゼロに近くなった。

 医師には病名も原因もわからず、北大の先輩医師に毎日しょっちゅう電話をかけてはいろいろな治療を試みた。
 けれどどれも効果がなく、「凡血球減少症」という診断が下された。難病に指定されている病気で、原因不明、だから治療法もない。
 私たち夫婦は医師から「お子さんは一生病棟から出ることができないと覚悟してください」と言われた。

 しかし数ヵ月後に息子はなぜか治った。医師も首を傾げていた。それで退院できた。
 だからめでたし、ということにはなったが、風邪だと思って受診したあの病院で婦長さんに「おかしい」と思われなければ、息子は今生きているか怪しい
 白血球がほとんどゼロになったのは入院して数日後だったので、自宅療養なんかさせていたら風邪が悪化して肺炎になり他の病気にも感染して死んでいた怖れが十分にある。

 だから、あのときうちの息子の命を救ったのは看護婦さんなのだ。
 医師は誤診した。誤診とは厳しすぎるという考えもわからなくもないが、婦長さんが見逃したら息子はたぶん死んでいたと思うので、やはり誤診だと厳しく言っておきたい。

 それはともかく、ベテランの看護婦さんたちが医師顔負けの働きをしているのだ。
 おそらく、長い年月にわたって医師のそばで働いていると、看護婦さんの医学知識が医師に近いくらいまで充実してくるのだろう
 そういう優れた看護婦さんを看護婦さんのままにしておくのはもったいないではないか。

 試験で高等知識や高等手技を確かめたうえでのことだが、合格した看護婦さんを「準医師」と見なし,医師が多忙なときに臨時医師として患者さんを診察させ、救急車に乗せて救命措置と治療を行わせ、僻地の診療所で医師として勤務させる…等々。
 優秀な看護婦さんはそこらの不勉強な医者よりよほどまともな診察をし、よほどまともな治療をしてくれると思う

 知識や手技に関してだけではない。
 問診では医師なんかよりはるかにうまい人が看護婦さんには多いのではないかと思えてならない。
 私の印象だけかもしれないが、医師の多くは高みから患者を見下ろす。その姿勢が患者の「声」をよく聞こうとしないことにつながっている気がする。
 患者さんもそんな医師を前にしては言いたいことの半分も言えない、なんてことになりがちだ。

 その点、看護婦さんなら高慢な気持ちで患者を見下ろすことは少ないだろうし、患者と接する機会は医師より多いだろうから患者とのコミュニケーションをうまく取れると思う。
 そのことが話しやすい雰囲気を作るので患者さんは症状等についてじっくり話し、また看護婦さんは患者さんの「声」をじっくり聞いてあげる結果になり、『誤診』やいい加減な診断が減ると思うのだ。

 私はかねがね、資格のあるなしで人を判断したり仕事の分担を明確すぎるほど明確に分けてしまうことに疑問を感じている。
 資格なんてなくても、資格のある人よりはるかに適切に素早く仕事のできる人はたくさんいる。だからといって無資格の人にいきなり資格の必要な仕事をやらせてもいいと言いたいのではない。
 緊急時くらいにはやらせてもいいじゃないかと思うのだ。

 例えば、少し前までは、救急車で病院や怪我人が運ばれるとき、消防隊員はただ運ぶだけだった。
 挿管すれば助かるとわかっていても、医師免許がないからというただそれだけの理由で挿管できず、助かるはずだった命をみすみすはかなくしてしまっていた
 救急救命士であれば挿管は許されるらしい。しかし、救急救命士の数はまだ少なく、すべての救急車に同乗させることなど今のところ夢物語という状況だという。

 「資格がないからこれはやってはダメ」「資格がないくせに生意気な意見を吐くな」といった資格重視、資格偏重の考え方、見方をもう少し柔軟にしたらどうかと思う。



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