〈オジサンの主張〜その10〉

●オジサンの主張〜その10
〈オジサンのたわごと〉
(4.23/09)


 ついにこのシリーズが10回目を迎えました。
 これまでは内容が過激すぎて現実を無視したことばかり「主張」してきました。しかし、いわゆる“正論”が多いので、反論しようにもしにくいという「主張」が多かったと思います。
 そんな現実無視の「主張」をしても無駄だろうという意見があると思います。それは「主張」している私も同感です。
 なのにあなたはぁ京都に行くのぉ〜、京都のまちはぁそれほどいいのぉ〜、こぉの〜わたぁしのぉ〜愛よりもぉ〜♪……。
 あれ? なんでそんな歌が出てきたんだ?
 あ、私が正真正銘の「オジサン」だからですね。
 というわけで第10弾は、「主張」と言えるかどうか……私が「オジサン」になった瞬間をドキュメントで紹介します。
 なんも「主張」じゃないじゃないの、そんなの。まったくどうしようもないオジサンです、私は。

 最近、私は自分のことをよく「オジサン」と書いています。
 トップページの日記でもここの「オジサンの主張」シリーズなんかでもそうです。
 51歳になって、心も体もオジサンとしか言いようがなくなったと自覚したせいです。特に メタボになったのが大きかった…。
 「元祖天才バカボン」のパチンコCMを見て、「♪41歳の春だからぁ〜」という歌を思い出しては口ずさみ、「41歳のバカボンパパはどう見てもオジサンだ。その10歳も上のオレがオジサンでないわけがない」と認めざるを得なくなり、「♪もう若ぁくないさぁ〜」と「卒業写真」みたいに思うようになったのです。
 「おいおい、40歳過ぎたらみんなオジサンだぜ。何をそんなことを今になってことさら言い出してんだ?」と言われるかもしれません。
 でも私はこれまで、自分が「オジサン」と言われることに凄い抵抗を感じつづけてきたのです。

 子供たちの友達から「おじさん」と呼ばれるのは抵抗ありませんでした。彼らは友達の父親をそう呼ぶしかないだろうと思ったからです。
 しかし、「お前のオヤジってオジサンだよな」なんて陰口をたたかれたとしたら、腹を立てて「おじさんはオジサンじゃないんだぞ!」と「主張」したと思います(文字で書かないとちっとも理解できない…。いや文字で書いてもガキんちょに理解できるわけがない。え、大人でも理解できないって? そうですか…)
 「オジサン」という言葉の語感には、若者のような溌溂さを失い家の中では粗大ゴミ扱いされ加齢臭が出てきて娘にも嫌われオヤジギャグを言って皆の関心を得ようと努力するものの誰にもうウケてもらえない可哀想な中年…そんなイメージが私にはあり、「オレは違うぞ」とイキがっていたのです。

 私はこれまでの半生で何度か「体力がガクンと落ちた」と自覚しましたが、その自覚がどうも薄いというか自覚とも呼べない低い認識にすぎなくて、若いときの自分のイメージからなかなか抜け出せないでいました。
 というのも、体力が落ちた落ちたと感じつつも40歳前までの私は自分の体力にかなり自信があったからです。35歳から40歳くらいまでの間は喘息がひどかったころなのでスタミナは発揮できませんでしたが、パワーや瞬発力なら「若いもんに負けない」と思っていました。それ以前ならスタミナでもパワーでも自信満々でした。
 考え方も年齢のわりには堅くなく、若い人に距離を感じることもあまりませんでした。若い者の多い職場で彼らの上司になったときなどは、自分でも信じられないほど私は若い連中に慕われました。
 10歳も年下の奥さんをもらったのも、同じ世代の女性にはまったく魅力を感じなかったからで、それも自分は若いと思っていたせいかもしれません。
 そんなわけで私はトシを取っても自分はまだ「オジサン」ではないとカタく信じるようになり、加齢とももにその思いがカタクなになってきて、40歳を過ぎても「オジサン」と呼ばれることを嫌ったのでしょう。
 私は昔の栄光に溺れるタイプなのかもしれません。
 また、ある意味、とってもおバカな身のほど知らずの自信家だったとも認めざるを得ません…。

 「体力がガクンと落ちた」と最初に感じたのは30歳のころでした。
 仲間たちと草野球をしていて、私はセカンドを守っていました。野球、それも試合に出たのは数年ぶりのことでした。
 敵のバッターがカキンッと打ち、鋭いライナーがピッチャーの横をかすめて飛びました。私は全力で横に走り、最後に地を蹴って横に飛んでグラブをボールに伸ばしました。
 「捕った」と私は思いました。ボールはグラブに吸い込まれたはずだったのです。
 ところが、「あ」と思ったときにはボールがセンター方向に飛び、バウンドしてセンター前ヒットになっていたのです…。
 「なんでだ?」と私はグラブを見詰めてワケがわかりませんでした。
 あのスピードでボールに向かって走り、あのタイミングで思い切りジャンプして手を伸ばせるだけ伸ばしてグラブでボールの軌道を塞いだ、はずだったのに、なぜなんだ?
 その後の試合はただ何となく続けただけで、私は「あのときなぜ捕れなかったんだ?」とばかり考え悩んでいて、試合に集中できませんでした。
 「そうか……そうかもしれないな」と、ボールを捕れなかった理由に思い当たったのは、もう一度セカンドにボールが飛んできて、それをかろうじてさばいた後でした。
 それはやや鋭い当たりのゴロでしたが、ちょっと走って横にグラブを伸ばせば簡単に捕球できるの普通のゴロでした。しかし、私はそのゴロを一度掴みそこねて、慌てて素手でボールを拾ってファーストに投げたのです。アウトにはできましたが、何ともぶざまな守備でした。
 「なんでだ?」とまた考えて閃いたのが、しばらく野球をしていないうちに私の身体能力がガクンと落ち、思い切り走ったと思っても数年前と比べればスピードが落ちていて、横に素早くジャンプしたときもイメージのようにはジャンプできていず、伸ばしたと思った手も私のイメージ通りには伸びていなかったのではないか? それで、数年前の自分だったら簡単に捕球できていたのを捕球できなかったのではないか? そのように思い付いたのです。
 つまり、自分の体力の衰えに気付かないまま、衰えていなかったころのイメージで捕球しようとしたからできなかったのではないかと思ったのです。

 試合を終えて、「もう若ぁくないさとぉ〜♪」と、そのとき私は初めてそう思いました。ものすごく悔しく切ない思いを心に残して「なごり雪」を口ずさみながら…。

 その後も私の体力は加齢とともに段階的にガクン、ガクンと下がりつづけ、40代半ばを過ぎたころには自分が自分でないかのように思えるほど体力が落ちて、それが悔しくて、それで逆に「オレはオジサンじゃない」と無理に思い込もうとしていました。
 「オレはオジサンなんだ…」と完全に認めたのはメタボになってバカボンパパのCMを見てからですが、実はもっと以前に「やっぱりオレはオジサンだよな」と密かに自分をオジサンの仲間に入れるようになっていました。
 そのように思うキッカケになった出来事を書きましょう。

 私が45歳くらいのときのことです。
 私は失業してホームヘルパー2級の職業訓練を受けていました。その実習で老人ホームに行っていた時期、70歳くらいのおばあさんから「オジサン」と呼ばれ、私はフリーズしました。
 初め私は自分が呼ばれているとは気付かず、もう一度「オジサン」という彼女の声が聞こえ、そばに私以外に誰もいないことを知った私は、やっと自分が呼ばれていることに気付きました。それでびっくりし、思いもしなかった事態に戸惑い、身体が固まってしまったのです。
 しばらくしてフリーズ状態から解けた私はメマイを感じつつ、そのおばあちゃんに「オ、オジサン…ですか」と言いました。おばあちゃんは私がオジサンと呼ばれて面喰らっていると気付いていたようで、愉快そうに微笑んでいました。
 そしてこう言いました。
 「だって、あなたは青年ではないし、わたしのように年寄りでもないし、だったらオジサンと呼ぶしかないでしょう?」と。
 「なるほど」と私は納得するしかありませんでした。
 この出来事が、「オレはオジサンなんだ」と、事実をようやく素直に受け入れる下地になりました。
 「やっぱりオレはオジサンだよな」と密かに自分をオジサンの仲間に入れたのはこのときです。

 しかし、昔の栄光に溺れるタイプで身のほど知らずの自信家だった私は、心のスミで「オレはまだオジサンじゃない」と思っていました。いや、思い込もうとしていたと言ったほうが正確でしょう。救いようのないわからず屋だったのです。
 わたしバカよね〜♪

 というか、70歳のお年寄りに「オジサン」と呼ばれたのは私としては凄いショックで、それから数日間、かなり落ち込んだのです。
 おばあちゃんが私を「オジサン」と呼んだのは子供たちの友達が私を「おじさん」と呼ぶようなもので、その呼び方には悪意も偏見もなく、ただ、そう呼ぶしかないからそう呼んだというだけのことです。
 にも関わらず私はお年寄りに「オジサン」と呼ばれたショックからなかなか立ち上がれないでいました。

 45歳にもなりながら私には、「自分は実年齢よりも若いのだ」と強がっているところがまだまだ根強くあったわけです。
 実際、私は童顔っぽいので実年齢よりぐんと若く見られるのが普通です。10年くらい前に口髭をたくわえるようになっても若く見られ、それが私の自慢のひとつだったのです。
 ちなみに口髭は、タクシー会社に就職したときに無念の涙をのんで落としました。社長が髭の嫌いな人で、そのためその会社では髭を生やすのがご法度だったのです。退職後はまた口髭を生やしました。鼻の下に髭があるとなんか安心するんですよね。
 それはさておき、40歳を過ぎて若く見えることを自慢に思うなんて、まるでガキんちょです。
 この「主張」とも言えない文章を書いていたら、オレってホントにどうしようもないヤツだなとあらためて認識してしまいました。
 そんなどうしようもないガキんちょだから「オレはオジサンじゃない」と強がる自分の阿呆らしさに気付かなかったのだと思います。

 でも、そんな私も50歳を過ぎて自分が正真正銘の「オジサン」であることを認めざるを得なくなりました。
 ウツになってしばらくして急に食欲が出ていきなり太り出し、気付いてみたら凄いメタボになっていたのです。そのとき、「オジサン」ではないという私の強がりと自信はガラガラと音を立てて崩壊したのでした…。
 くたばっちまえ、あーめんッ♪

 でも、そしたら「オジサン」であることに抵抗を感じることがなくなり、「そうだ、オレはもう本物のオジサンなんだ」と、自分の現実を素直に受け入れることができるようになったのです。
 そんな強がりを捨ててしまったら気持ちがラクになりました。
 「41歳の春〜♪」からもう10年も経ってしまいましたが、私は今、「51歳の春」を結構楽しんでいます。
 「オジサン」と呼ばれるのも悪くないですよ。

 「楽しんでいるって、あんた、そんな場合か?」
 「あ、就活はしてます…」
 「全然収穫ないじゃん」
 「………」
 「リミットが迫ってんだろ?」
 「おっしゃる通りで…」
 「これまでガキじゃないのにガキんちょのように甘ったれて生きてきたから、人脈も作れず、コネも作れず、それで困ってるわけじゃないか」
 「そうですね…。でも性格で、そういうのは今でも私にはできないと思います」
 「人脈とコネさえあれば就職なんて簡単だぞ」
 「それで就職できても、私は世話してくれた人に恥かかせちゃいけないって考えてしまって、凄いストレス感じて仕事に集中できなくなるもんで…」
 「困ったヤツだな」
 「はい、困ってます」
 「困ってる顔じゃないぞ、その顔は!」
 「はあ…」
 「『Zensoku Web』を利用して金儲けするって手もあるんじゃないか?」
 「それはできません!」
 「そう頑なになるなよ。緊急事態なんだしさ」
 「いや、それだけは…。私は『Zensoku Web』を患者さんのために存在するサイトだと位置付けています。なので私物じゃないもんで…」
 「そのくせ“日記”とかこのヘンな“オジサンの主張”シリーズでは個人的な変な意見ばっか書いてるじゃん」
 「でも金儲けはしてません!」
 「金儲けが悪いんだったら生活していけないだろう」
 「でも私はどうしても金儲けがいいことだとは思えないんです。小さいころに何かスリコミがあったんじゃないかと…」
 「理由はどうでもいいよ。まったく困ったヤツだな、お前は!」
 「すみません」
 「バナー広告を入れるのもダメか?」
 「はい。これまでに何度も、バナー広告を入れないかというお誘いを受けましたが全部断りました」
 「唖然とするしかないな…」
 「中には、『Zensoku Web』を利用して金儲けしないかと誘ってくる人もいましたが、そのときは激怒メールを送らせていただきました」
 「これがオレの生き方なんだって、まだ強がってんだろ?」
 「ピンポ〜ン」
 「なんてオジサンなんだ…。救いようがないな」
 「救ってもらおうなんて考えてませんから安心してください」
 「アホ! そんなこと言われたら安心なんてできるわけないだろ」
 「なるほど」
 「感心してる場合か!」
 「反省してます」
 「ホントか?」
 「就職がぁ決まってぇ〜♪」
 「……?」
 「ヒゲを剃ったぁ〜♪…あれ?」
 「歌詞間違ってやんの」
 「もう若ぁくないさぁとぉ〜♪」
 「………」
 「キミにぃ言ぃいわけしぃたねぇ〜♪」
 「入り込んでるな…」
 「キミもぉ〜観るだろぉかぁ〜♪」
 「最後まで歌う気か?」
 「“いちごぉ白書”を〜♪」
 「な、泣いてるのか、お前?」
 「ふたりぃ〜、だっけぇのメッモリィ〜♪」
 「泣いているんだな。涙がとめどもなく流れてるぞ」
 「どぉこかぁでぇ〜もぉ一度ぉ〜♪」
 「お前、筋金入りのナルシストなんだな?」
 「雨に破れかけたぁ〜♪」
 「エネゴリくんなんだな、お前?」
 「街角ぉのぉポスターぁに〜♪」
 「誰の声も耳に入ってないな…」
 「過ぎ去ったぁ昔がぁ〜♪」
 「………」
 「鮮やかぁにいぃ甦るぅ〜♪」
 「泣け! 存分に泣いていいぞ」
 「えーん」
 「よしよし。卒業したんだな、やっと」
 「はい…」
 「よかった…。やっと本物のオジサンになれたわけだ」
 「え? 違いますよ!」
 「なぬ?」
 「この“オジサンの主張”シリーズからは卒業しようと思いますけど」
 「ネタ切れだな」
 「今は昔の女を思い出したら泣けてきて泣けてきて……ううっ。それだけです」

 51歳のガキんちょオジサンは健在です。

 「これのどこが“主張”で、どこが“ドキュメント”なんだ? え?」
 「あなたは〜♪」
 「?」
 「もぉう、忘れたかしらぁ〜♪」
 「なんだコイツ」
 「かぐや姫です」
 「そ、そうか…」
 「ミナミちゃんと呼んでくださってもいい」
 「神様をコケにするとバチ当たるぞ!」
 「そうそう。さっきからうるさいけど、あなた、誰なんですか?」
 「あたしゃ神様だよ!」
 「なるほど」
 「変に納得されると困る…」
 「まあ、よく読んでいただければ、神様なら私の“主張”が見え、どこがどう“ドキュメント”なのかも見えてくると思います」
 「ホントか?」
 「人はぁ、悲しみがぁ多いほどぉ〜、人にはぁ優しくぅできるのぉだかぁらあぁ〜♪」
 「う〜ん。そんな言葉を贈られると神様も困るぞ」
 「っていうか〜」
 「51のくせにずいぶん軽々しい口調じゃないか」
 「オレは猛烈に困ってるんだ!」
 「今度は梶原ワールドか?」
 「バンッ! オレは自分の致命的欠陥に気付いた!」
 「あたしゃ神様だよ!」
 「しかしオレはあきらめんぞ!」
 「おおっ、不死鳥ってわけだな? いいぞポチ、いやホシ!」
 「致命的欠陥を克服して、ファイターズの星になってやる!」
 「なんか微妙に違わねえ〜?」
 「バンッ! ヒミツのアッコちゃん、じゃなくて秘密の特訓に付き合ってくれ!」
 「あたしゃ神様だって言ってんだよっ!」
 「御託はいいから付き合ってくれ!」
 「おおっ! 目が、目が燃えてる!」
 「タクシーッ!」
 「おお、タクシー止めやがったか…」
 「さあ、バンも乗ってくれ。運転手さん、札幌ビール園まで!」
 「なんだと? ジンギスカン食いにいくのか?」
 「ファイターズの屋内練習場に行くんだ!」
 「ああ。あれはビール園の中にあるもんな」
 「さあ、着いた。バンッ、女房役を頼むぜ!」
 「おおっ。来いとも! ついに大リーグボールの誕生に立ちあえるわけだな!」
 「大リーグボール?」
 「ち、違うのか? 原作とは微妙に違うと思ってたけど、微妙じゃなくて全然違うのか?」
 「オレは本物のオジサンになるには致命的欠陥を抱えてると気付いたんだ!」
 「今ごろ気付いたのか…」
 「だから!」
 「だから?」
 「キャッチボールでもして気分を晴らそうと思ってな」
 「それでここまで来たのか、北野たけし?」
 「変換ミスをするな」
 「あたしゃ神様だよ!」
 「オレはガキんちょオジサンでもいいんだ、バン! バァンバァンバンッ♪」
 「今度は桑田バンドか?」
 「神様のくせによく知ってるな?」
 「神様は何でもお見通しなんだよ!」
 「じゃあ、オレの今後を言ってみろ」
 「サトリを開いて、いよいよガキんちょになるな」
 「やっぱり!」
 「まあ、釈迦だって自分の悩み解決のために家族ほっぽって家出したんだしな…」
 「そうだ。偉人というのはガキんちょなものなのだ!」
 「悟ってるなぁ」
 「わはははは」
 「どうしようもねえや、このオジサン」
 「なんか言ったか?」
 「なんも」
 「んじゃ、仕事探すべぇ。よっこらしょっと」

 オジサンはガキんちょから卒業したわけでもなく、ガキんちょのまま悟ってオジサンになったようです。
 10歳下のオバサンは川に洗濯、じゃなくて街に仕事に行きました。

  fine  


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