〈オジサンの主張〜その3〉

●オジサンの主張〜その3
〈新しいニッポンを創れ!〉
(4.15/09)


 先日の夜、家族がつけていたテレビを見ていたら、日本の景気を回復させるためだと号したバカな番組が流れていました。タレントたちが日本全国を回って各地でド派手なセットを作ったりしてべらぼうな散財をしていくという内容で、見ていて大いに呆れたり腹が立ったりしました。
 景気回復は多くの国民の望みなのでしょうが、私はヘンな人間なので、何で景気が回復しないといけないんだと本気で不思議に思います。景気が回復することってそれほど大事なことなのでしょうか?
 景気回復を願うのが当然で、願わないと非国民みたいに思われるのは、私としては心外です。

 確かに景気が落ち込めば失業者が溢れて物騒なことも増えるでしょう。それは問題だと思います。
 だから景気を好転させることも必要だと思います。ただし、そのことばかりにとらわれていると大事なことを忘れてしまうと私は言いたいのです。
 私は、景気回復よりももっと重要なことがあるのではないかと思えてならないのです。
 例えば、景気が良くなりすぎて日本という国がおかしくなった一面が確かにあると私には思えてならないからです。
 なので、景気が悪くなったこの機会に、いっそのことドン底まで景気が悪化すればいいとさえ本気で考えています。そこから新しい日本が再生されることを願っているのです。

 「新しい日本って何だ?」と問われたら、今年の秋にNHKで放映される「坂の上の雲」(原作/司馬遼太郎)を見てほしいと言いたいと思います。原作を読んでくださっても結構です。
 それと、「私は徳川家康が嫌いです」とも言っておきたいと思います。
 彼の性格も嫌いですが、もっと嫌うべきは、彼は日本という国のためではなく、徳川家という自分の家を守るためだけに生き、天下を取ったくせに天下の舵取りよりも自分の子孫が将軍のまま生き長らえることしか考えなかったことです。江戸時代は犯罪の少ないとてもいい時代だったという面はありますが、それは5人組制度等による相互監視や幕府の隠密監視などによるところが大だと思うので、人々にとって暮らしやすい社会だったかどうかは大いに疑問です。

 今も昔も政治家というのは自分とその派閥や党のことばかり考えて国民や国のことは二の次にして当たり前だと思っているのでしょうか。
 現代のことで言えば政治献金をもらって当然だと考えている政治家がほとんどなのではないでしょうか。その金が国民や国のために使われるのならまだしも、いったい何に使われているのやら。
 企業から直接献金をもらってはダメとなったら仲介団体を作ってそこ経由でもらえばいいと簡単に考え、それで何が問題なんだと開き直って罪悪感のカケラさえない政治家連中を見ていると、この国はこのままではおしまいだと思わざるを得ません。

 役人も同じで、自分のことと自分の役所のことしか考えていなくて、国民のため国のために働こうなどと真剣に考える人は出世できないという異常な世界になっています。
 天下りという破廉恥極まりないことを当然の役得と考えているのも異常ですし、天下りのために存在意義のない団体をあまた作り、そこに国からの補助金をどっさりもらって、そこから常識外れの多額の収入を得るだけでなく莫大な退職金までもらうのですから、これは冷静に考えると犯罪でしょう。だってそれらのお金はみんな国民から吸い上げた血税なんですよ。彼ら役人は大泥棒であり国賊だとさえ私は思っています。中には天下りした後、関連団体に転職を繰り返して何度も何度も莫大な退職金をもらって平然としている人もいるのですから開いた口が塞がりません。

 お隣の北の国のキムさんよりはマシでしょう。でも、あの人は人間ではなく悪魔と言っていいと思うのでそれと比べるのがそもそも間違いですね。我が国の庶民感覚と比べなくてはいけません。
 「キムさん」が出たついでに書くと、私はゴルゴ13にでも依頼してキム一族を暗殺するのが世界平和のために一番かもと思っています。
 殺人は当然犯罪で、その殺人をバレないようにやる暗殺は卑劣極まりない大犯罪だと思いますが、もし彼とその子孫、または側近連中がこの先もこのまま生きつづければ、あの国の人々は今よりもっともっと不幸になることは確かです。そういうケースに限って、私は暗殺等の手段も仕方がないと思っているのです。命を奪わないで彼らを失脚させることができればそうすべきですが、ああいう閉ざされた国でそんな芸当は不可能だと思わざるを得ません。
 ちなみに日本では大きな権力を握って強力な政治力を発揮した人は暗殺されるという歴史を持っています。織田信長、井伊直弼、大久保利通、大村益次郎などがそうです。このうち井伊直弼に関してだけは、結果として言うのですが、暗殺されたのは日本のためになったと思います。彼は攘夷主義に凝り固まった保守的政治家でした。開国したのはアメリカに押し切られたからにすぎません。それなのに開国に反対する多くの人々を密偵によって次々と捕らえて断罪に処したのだから、政見も何もあったものではありません。彼が暗殺されないで大老のままでいたら、日本は恫喝外交で迫る諸外国の言いなりになり、悲惨な運命に陥ったと思います。
 我が国の庶民感覚から激しく遊離しているのに罪悪感さえ感じていないかに見える彼ら政治家や役人たちと比べ、明治という時代の若者たちの多くは「この国を良くしたい」という強い思いで邁進した印象が私には強くあります。
 そうした明治の青春群像が「坂の上の雲」には描かれています。
 彼らの考え方、生き方を見せつけられると、オレたち現代の日本人はこれでいいのかと自問してしまいます。
 「新しい日本って何だ?」という問いかけに対して答えようとするとき、自分たちの暮らすこの日本という国を真に憂え愛する人であれば、「坂の上の雲」の登場人物たちに多くのことを学ぶはずだと私は思います。

 現代の政治家と役人全員にこの本を読んでもらいたいものだと私は本気で思っています。
 まあ、厚顔な彼らのことですから、「坂の上の雲」を読めと言われても読まない人が多いでしょうし、たとえ読んでも自分とは関係ないと考えてそれっきりになってしまう恐れは大ですが…。
 もう読んだからまた読む必要はないと言う人もいるでしょう。そんな連中こそ問題だと思います。あの本を読んで何も感じない人が政治家や役人になっていいのか、とさえ私は考えるからです。

 「坂の上の雲」はそれほど重要なメッセージを日本人に与えてくれる本なのです。
 本を読むのは辛いという人がいれば、今年の秋のテレビをぜひ見てください。原作がどこまで生かされるのかわかりませんが、明治の若者たちの心意気を感じることはできると思います。
 「坂の上の雲」の舞台は明治時代で、そのクライマックスは日露戦争です。
 私は戦争は人類の犯す最も許されない行為だと考えていますが、この日露戦争に限ってはやむを得ない戦争だったと是認しています。
 あのとき日本がロシアと闘い、奇跡的な勝利をおさめなかったら、旧満州と朝鮮半島はロシアの領土になっていたでしょう。そうしたら日本はどうなっていたか? 日本人はロシア皇帝の農奴になったか、社会主義国家に組み入れられ、今ごろテポドンを打ち上げていい気になっていたかもしれません。
 ただ、あの戦争に勝ってしまった日本と日本人が「日本は神の国だ」という信仰を持ってしまったことは不幸でした。その信仰が日本軍部、特に陸軍の暴走につながり、それが満州帝国の樹立と朝鮮半島の植民地化につながり、いよいよ増長した日本陸軍は太平洋戦争という巨大な悪を引き起こしてしまったからです。
 「そんな偉そうなこと言って、景気が悪化してお前も困ってるだろう」と言われるかもしれません。
 確かにその通りです。景気が悪くなって私自身も私の家族も困っています。だから景気は回復してくれたほうがいいに決まっています。
 でも、私の理性も感情もそういう考え方に大反対を唱えてやまないのです。
 私って、ホントにヘンなやつで、ホントに生き方の下手などうしようもないやつだと、あらためて自覚してしまいます…。

 でも、再び言わせてください。景気回復よりも大切なことがこの国にはあるはずなのです。
 そのことについて、ひとりでも多くの人が真剣に考えてくれることを祈っています。  


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