〈オジサンの主張〜その1〉

●オジサンの主張〜その1
〈役人諸君にもの申す〉
(4.15/09)


 公務員にも心の病気が増えていて、長期休職に追い込まれる人が激増しているという記事をネットで読みました。特に多いのは教師だそうです。
 今時の怖いもの知らずの若い連中と我がままで自己チューな親たちを相手にしていれば、おかしくなるのも当然でしょう。文部科学省の方針で体罰は絶対ダメという条件のもとで、うちの息子殿のようなアホな高校生などを指導教育していくのは至難なはずです。その点には同情します。
 それで心の病にかかって入院したり自宅療養を余儀なくされたら、生活が大変になるだろうなと、自分のことと思い合わせてそう心配したら、どうもそうではないようですね。私がびっくりしたのは、長期休職になっても、それまでの収入の8割をもらえるという記事を読んだときです。
 私がいただいている社会保険の傷病手当金は、直近3ヵ月の月平均収入の6割しか出ません。6割でもそれは税金からの支出になるので、もらう私としては大いに後ろめたく感じているのですが、それが8割とは…。民間の大企業でも長期休職者に8割の給料を支払うと聞いたことがあります。しかしそれは企業が支払うものであって税金とは関係ありません。公務員の場合は給料は税金から支払われるわけですから、その「8割」というのも税金からでしょう。
 何で公務員がそんなに優遇されないといけないんだと、私はとても不思議に思いました。

 冒頭に書いたように大変な環境の中で仕事をしている公務員がたくさんいるのは知っています。しかし、それは公務員に限ったことではなく、民間でも同じです。種類は違うものの民間企業でもたくさんの大変さがあり、ものすごいストレスがあります。例えば営業職ならノルマに追われる日々に悲鳴を上げている人がたくさんいるでしょう。集金担当の人は言いたくもないことを言って無理矢理集金してこざるを得ないこともあるでしょう。私がやっていたタクシー運転手のように完全歩合で収入を得ている人はそれこそ毎日が戦争であり、身も心もズタズタになります。介護の現場で働いている人たちは、糞便の処理などはごく日常的にしなくてなりません。経営者も大変でしょう。給料の支払日が迫るにつれて胃が痛むという人がどれだけいることか…。
 大企業に勤めている人で休職しても8割の給料がもらえるのならまだ我慢できると思います。しかし、中小企業に勤めている人の大方は社会保険に頼らざるを得ず、休職すれば収入が半分近くに減るわけですから、大変な状況に追い込まれます。
 不況になれば企業では馘首や賃金の引き下げが行われます。会社の売上が減ればそれは当然です。しかし、公務員は馘首されるのでしょうか。賃金カットされるケースが出てきたのはニュースで知っていますが、どこかの自治体とかで役人が多数首を切られたという話は聞きません。それもまた不思議な話です。
 しかも公務員は、退職すると莫大な退職金をもらいます。それも税金からの支出でしょう。おまけに、民間企業と比べるとはるかに多い年金をもらい、文字どおり悠々自適の老後を過ごすことができます。中には天下りなどしてそれ以上の優雅な生活を堪能するヤカラもいます。

 私はひがんでこんなことを書いているのではありません。私は、公務員は公僕、つまり庶民のために働くべき人だと考えているので、その公僕が庶民よりも優遇されていることに不自然さを感じるのです。彼らがもらう給料や退職金や年金が彼らの積み立てとかによるお金だとしたら何も文句は言いません。しかし、共済年金を除くと他の収入はだいたい税金からもらうものなのではないでしょうか。天下りする連中はその上に役所の関連団体を通してさらに多額の給料と退職金をもらうのですから、公僕どころか悪魔の権力者です。役所の関連団体ではなく民間企業に天下りする連中は民間から巨額の金を手にすることになりますが、だからいいとは思いません。そこまで金に執着する欲深さはやはり悪魔に近いものがあると思います。
 大阪府の橋下知事は、職員になった人々に「あなた方は倒産した企業の社員です。そう思って働いてほしい」と言いました。昔からの役人のトップならとてもそんなことは言えないでしょう。そういう発想もないでしょうし。だから役所は変わらないし、役人の横暴はなくならないのだと思います。

 日本の役人がなぜこんなことになってしまったのか。江戸時代になって武士は役人になりました。その非生産階級の武士を支えていたのは農民たちです。つまり武士たちは農民に食べさせてもらっていたのです。けれど、そう自覚していた武士がどれだけいたでしょう? いなかったのではないでしょうか。当時は階級社会でしたから、それが当然とばかりに武士が農民に感謝するどころか威張っていたのも仕方がないかもしれません。
 明治になると武士はなくなりましたが、非生産階級の貴族と役人は残りました。彼らを食べさせていたのは庶民です。でも、明治の世でも貴族と役人は威張っていました。明治の特に初期の役人たち、それも地方から出てきて必死に勉強して学校を出て新しい国作りに努力した青年たちの多くはそうでもなかったようですが…。
 今の時代の役人、つまり公務員は、そういう歴史の上にアグラをかいているのではないでしょうか。
 残念ながら今の時代はアグラなんかかいていられないんですよ。公務員はまさしく公僕として国民のために尽力しなくてはこの国は危ういとまで言い切っていい状況になっているのですよ。

 国家公務員の給与が大企業の給与水準に合わせて設定されるというのもおかしな話です。そんな予算がこの国にあるのですか? 予算のどれだけが借金なのか、公務員ならみんな知っているでしょう。日本はものすごい借金国家なのです。その国から大企業並みの給料をもらって平然とし、大企業以上の退職金をもらって何も感じないとしたら、そういうあなたの感覚は異常ですよ。冷静に考えてみてください。そうは思いませんか?
 私が今の時代に公務員だったら、公務員の給料と退職金の大幅減額、そして大量馘首を主張します。そうしないと国がもっとひどい借金国家になるのですから当たり前だと思いませんか? まして天下りなんて絶対に許してはいけないと思います。天下り用の関連団体を国や自治体の金で作るなんてのも論外です(私の妻の父親はそういう“団体”に勤めていた。しかし天下りではなく、学歴もなかったので出世しなかった。けれども天下りの親分のような存在がいるらしく、その人との付き合いをうまくこなしていたため、その親分の口ききでいくつかの“団体”やその関連会社に勤めさせられていた。ちなみに、義父が最初に勤めていた“団体”は北海道で今、だいぶ糾弾されている)。天下りやそんなことを大真面目で考えている人は公務員として失格なので、真っ先に首を切るべきです。
 それと、役人が許認可権を持っている現状をどうにかすべきです。そうしないと談合は絶対になくならない。民間企業が談合を自粛しても、役人としてはリベート欲しさで許認可権を大いに利用しますよ。そういう悪人を作ってしまうのです、許認可権は。
 「そんなに公務員の役得を憎むのは、お前が勉強しないでいい大学に行かなかったせいだろう。ほざくな!」と怒る公務員もいるかもしれません。前述したように私はひがんでなどいません。公務員になりたいなどとは、若いころも今も少しも思いません。「ほざくな」と感じる公務員がもしいるとしたら、その人は「自分は大変な努力をして公務員になったんだ、だからそれに見合う役得が得られて当然だ」と思っているのではないでしょうか。じゃないと、とてものこと、天下りなどという恥ずかしいことを堂々とすることなどできませんよ。
 特に、キャリアと呼ばれるエリート公務員はあれは国のお荷物以外の何ものでもないと私は思います。2年くらいずつ全国各地の支所を回って、大した仕事もせずにいきなり国家の中枢部に座るというこの恐るべき幼稚な制度は今すぐなくすべきです。学校の成績が良かっただけの人がこの大借金国家を生まれ変わらせることができますか? できるわけないでしょう。それどころか、もっと借金を増やすだけですよ。

 私は編集の仕事をしていた時代に多くの役人に取材しました。上に書いたことの多くは、そのころから感じていたことです。特に、天下りする役人やエリート役人のものの考え方にはいつも呆れさせられたものです。天下りは当然の役得だと彼らは疑いもせず考えていたし、その奥さん連中までもが、夫の天下りを心から望んでいました。エリート役人はもっとひどかったですね。部下にちやほやされて何でも部下にやってもらうサマはまるで幼児であり、民間企業の接待を受けることを得意そうに語る人もいて、いったいこんなやつが国のトップになったらどうなるんだと暗澹としたものです。

 繰り返しになりますが、私は役人は公僕であるべきだと考えています。文字どおり、オオヤケのシモベです。役人が公僕という意識を持って仕事に取り組まなければ、公務員の存在意義はなくなるとさえ私は思っています。
 シモベになんかなりたくないという人は公務員にならないでほしい。私は本気でそう思います。
 生活の安定や豊かな老後を求めて公務員になりたいという人を採用するときは、自治体や国はその人物をよくよく見極めて採用するかどうか決めてほしい。自分のことしか考えないようや人に公僕は務まりませんから。

 話を教師のことに戻すと、生活のためとか老後のために教師を選んだ人には酷な言い方になりますが、そういう人に教師はやってほしくないと、ひとりの親として私はそう思います。「給料を減らされ退職金と年金を減額され天下りもできないなんて、そんな人生はイヤだ」という人に自分の大事な子供を託せますか? 託せませんよ。
 ただし、そういう教師であっても、いざ教育の現場では子供のために全力で努力するというのなら話は別です。そういう熱血教師にならもっともっと給料を差し上げてほしいし、退職金も年金もどっさり積んでほしいと思います。

 ついでに言えば、医療関係者、福祉関係者になりたい人も、人のために働きたいと本気で考えている人以外はなれない制度を考えてほしいと思います。教師の場合は教育というとても大切な仕事に携わる人なのでずいぶん酷な注文をしました。医療関係者、福祉関係者も教師の場合と似ていて、こちらは人命や安楽な生活(「福祉」の意味は「安楽な生活」である)を守るというとても崇高な仕事に就くわけですから、よほどの覚悟ができている人でなければ就くべきではないと私は思います。
 ただ単に親の病院を継ぐためとか高給を得たいからとか生活のためとかで医療や福祉の仕事を選ぶのはやめてほしいと思います(もっとも、福祉関係の仕事の給与水準はひどく低いので、高給目当てで福祉の世界に入る人はいない)。ただし、そういう人でも、実際の仕事の現場では身を削って患者のためお年寄りや身障者のために全力で努力するというなら文句は言いません。情熱と使命を持って仕事に打ち込む医師や福祉関係者にならもっともっと給料を上げていいと思うし、退職金も年金もたんまり差し上げてほしいと思います。
 医師に関してだけ言えば、名医もヤブも収入がそれほど変わらないという現状はどうにかすべきだと思います。これは健康保険制度に関係してくることなので安易には言えませんが、名医だったらもっと高額所得者になってしかるべきだと思います。それができない現状では、名医でも腕の振るい甲斐がないでしょうから情熱が萎んでしまう恐れ大です。それで困るのは患者ですから、このことについては何か良い方策を考えるべきだと思います。
 ちなみに、名医というのは例えば手術の技術がうまいとか最新の技術と知識で最新の治療を行う医師だけに限りません。本当の名医というのは、患者の立場で物事を考え、患者の求めることをいち早く察知して、患者のために真摯に働く医師のことだと思います。医師にはプライドの高い人が多いとよく言われますが、そんなプライドは医師には必要ないはずのものです。必要なのは患者の目線まで自然に降りてこられる優しい気持ちだと思います。

 医師の多くが高いプライドを本当に持っているのであれば、それは高等教育を受け、国家試験をバスして選ばれたという思いが強いせいかもしれません。医師になるには相当の学力と手技、勘などが不可欠になると思うので、それらの点でも、医師になるとプライドを持ってしまうのかもしれません。
 プライドを持って仕事に取り組むのが悪いとは思いませんが、私のこれまでの経験と『Zensoku Web』に寄せられるメールから推測すると、そのプライドの多くはどうも低次元のものが多いようです。例えば、「オレは患者よりも看護師よりもはるかに偉いんだ」とか「その偉いオレの診断を疑うな」とか「オレの指示通りに動かない看護師なんて辞めさせろ」とか、甘やかされて育った単なる駄々っ子とあまり変わらないレベルのプライドマンが多いと私は感じています。
 そういう医師に診られる患者さんは不幸です。悲惨と言ってもいい。
 実際、私の知っている範囲でもそういう変なプライドをふりかざす医師にかかって、良くなるはずの喘息が悪化したとか、中には喘息と診断すらされずに、だから治療もしてもらえなかったなどという信じがたいケースが実にたくさんあるのです。
 ですから、変な医師が変なプライドを持たないようにするシステムを作るとか、変なプライドを持つ医師から医師免許を取り上げるとか、変なプライドを持たない人を国が援助して医師に育てるとか、そういった対策が重要なのではないかと思います。

 現在の状況では医師になるには庶民感覚を超えた巨額の金が必要だと聞きます。国公立大学の医学部に入っても他の学部よりはずっと金がかかるようです。私学ともなれば信じられないほどの巨額の入学金や寄付金が必要です。
 こんなありさまでは、医師になりたくても貧乏な家に生まれた子はなかなかなれないでしょう。
 そういう人たちにも医師になる道を開いてあげてほしいと私は思います。
 なぜなら、そういう人たちは子供のときから庶民感覚を当然持っていると思うからです。その感覚は、患者さんの目線まで降りて患者さんの声を真摯に聞くという名医の条件に欠かせないと思います。
 世のため人のため働きたいと強く思う人は、私立大学の医学部に多額の寄付のできる裕福な家庭で育った人にのみ多いとは思えません。おそらく逆で、恵まれない境遇の中で、病気や経済苦等で苦しんでいる人を間近で見てきた人にこそ、世のため人のため働きたいと強く思う人が多いように思います。
 そういう人たちでも医学部に入れるようなシステムわぜひ作ってほしい。
 最近は医師不足が深刻化しています。その解決にもなると思うので、貧乏人でも医師になれる制度は一日も早く作ってほしいと思います。
 親が医師でその跡を継ぐために医師になる人も多いでしょう。それは別にかまいませんが、成績が悪くても品行が悪くても性格が医師に向かないと判断されても、莫大な寄付金を支払うと入学させてくれる私立大学がたくさん存在するのは大問題だと思います。そういう私立大学を廃校にすることも考えていいと思います。
 だって、医師は人の命を預かる仕事ですよ。そんな大事な職業が金で買えるようなバカなことは絶対に許してはいけないと思います。

 最後に、農協とか漁協とかを傘下とする連合会、いわゆる各種団体と呼ばれるところについて書きます。
 実は私の妻は私と結婚するまで、農協系のある団体に勤めていました。オフィスは札幌で当時最も高かったビルの上のほうの階にあり(その後、もっと高いビルができたらそっちに引っ越した)、給料は大企業とまでは言えないものの案外良く、何よりも高額のボーナスを年に5回ももらえるという、零細企業にしか勤めたことのなかった私には驚くべき団体でした(おそらくこれは役所のシステムを真似ているのだろう)。さらに私が驚いたのは、この団体が職員を次々と海外旅行に行かせることでした(これもまた役所のシステムを真似ているのかも)。その恩恵で私の妻も独身時代に何度も海外に遊びに行きました。それの何が問題なのかというと、年5回のボーナスも海外旅行費も、何と「金が余ったから」という理由でその団体が職員に支給していたことでした。
 こういう団体の運営はその傘下協同組合からの会費で行われます。その会費は、協同組合に加入している農家が出すお金です。そのお金が「余った」からといって、団体の職員のボーナスとして使ったり、職員の海外旅行費に充ててよいものでしょうか。「余った」のなら協同組合か農家に返すべきではないでしょうか。数万円が「余った」というのなら返すこともないかもしれませんが、何十人もいる職員全員に毎年多額のボーナスや海外旅行費を都合していたからには、1年に少なくとも数百万円、おそらくは1千万円以上「余った」のだと思います。それをバラまくように職員に与えていた(おそらく今も与えている)その団体の責任者の神経を疑います(これまた役所の真似だと思われる。予算が余ると役所もそれを何としてでも使い切る)
 海外旅行で思い出しましたが、公務員にもそれに似た特典があるようです。詳しくは知りませんが、“研修”という名目で全国各地への旅行代を役所が出したり、中にはさして必要ないと思われる海外赴任とかをさせるとも聞いたことがあります。図書券を毎月無料で配り、「これで本を買って勉強しなさい」という役所(私が知っているのは学校)もあります。
 しつこく言ってすみませんが、それらに使われる金は血税ですよ。曖昧な目的のために大切な税金を使ってほしくないと私は思います。

 と偉そうなことを書いてしまいました。
 でも、51歳のオジサンのこの主張は間違っていないと思うのですが、どうでしょうか。  


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